第106話 イドラ商会の失態

 野次馬の外から声が聞こえてくる。


「おお、この声は!!!!!」


 やってきたのはこの町の町長エウリッヒ・セラ・ヒナイウェルだった。


「お助けください、エウリッヒ様!!!」


 豚は笑顔になり、エウリッヒに縋りつくがエウリッヒはこちらを見ると表情が一変する。。


「馬鹿者!!!!!!!!!!!!!!!!」

「…………へ」


 エウリッヒは顔を青くしながら豚を引き離す。


「失礼しました、何があったのかお話していただけますか」


 こちらに歩を進め、目の前に来ると跪く。どちらが高位の立場かは誰もがわかる。


「エウリッヒ様、こんなガキに跪く必要など」


 だが豚はそれすらも理解しようとせずに声を上げる。


「黙れ!衛兵!!!こいつを捕らえろ!!!」

「なっ、おい、やめろ」


 豚は衛兵に取り押さえられる。


「何をする、われはゼブルス家の息のかかっているイドラ、グムッ!?」

「少し黙れ」


 顔を踏み、しゃべらせないようにする。 


「ではお話をお聞きしてもよろしいですか」

「ああ、おい、そこの馬鹿をイドラ商会の事務所に連れてこい」










「まずは自己紹介させてもらおうか」


 事務所にある豪華な椅子に座り、足を組む。


「俺はイドラ商会会長、バアル・セラ・ゼブルスだ」

「ムグ!?」


 豚は汚い顔がさらに醜くなる。


「さて、それじゃあ話を聞かせてもらってもいいですか」

「ああ、まず陛下からこの町でのイドラ商会には免税をお約束してくれました」

「…………そうなのですか?」

「知らなかったみたいだな」

「お恥ずかしながら」

「………まぁいい。そして俺はノストニアの新王との約束で出来るだけ安価で売り出すことが確定している、そしてそれは新しく作ったここの商会にも、その通達はしていたのだがな」

「ブータスがそれを守らなかったと」


 エウリッヒも豚を睨む。


「で、こいつの処罰はどうしましょうか?」

「死罪だな」

「ムグッーーーー!!!」


 豚は暴れるのだが衛兵が押さえつける。


「まずは会長の俺の命令違反、陛下の条例の反故、アルムと俺の顔に泥を塗った。さらには帳簿にも細工がしてあるはずなのでその件でも………………当たり」


 机の引き出しに帳簿がある。


「俺が出した値段で帳簿は書かれている、だけどさっきの件での金額とはだいぶかけ離れているな」


 俺は立ち上がり豚を蹴りつける。


「さて、裏帳簿はどこだ?」

「………………」


 何もしゃべろうとしない。


(俺から譲歩を引き出そうとしているのだろう)


 俺の命令もそうだがノストニアとの友好関係に罅を入れかけた、罪状としてまず死罪から逃れることはあり得ない。なので命と引き換えに裏帳簿を差し出そうというの魂胆なのだろう。


「ああ、そうだ。もう一つ俺が頭に来ていることがある」


 もう一度豚を蹴り飛ばす。


「お前の情報が偽装して流れてきた、これについては会長として看過できない…………まぁお前のことだからそこまで複雑なところに隠したりはしないはずだな」


 この部屋の中をくまなく探す。


 部屋には机と書類をまとめている冊子の本棚、それと窓しかない。


(こいつの性格上目の届く範囲に隠すはずだ)


 こいつの反応を見ながら周囲に手を付けていく。


(…………本棚…………書類………………机。うん、机だな)


 机に近づくと目がほんの少しだけ見開く反応を示した。


「………ここかな」


 引き出しの中身を総て出し、机の裏や引き出しの底を調べる。


「使い古されている手口だな」


 案の定、一番下の引き出しの底の裏に裏帳簿があった。


「やっぱり中抜きしていたか」


 俺の報告は指示通りの値段なのに、売り出しているのは超高額。つまりその差額の分がこいつの懐に入っていたわけだ。


「罪が確定したな、弁明はあるか?」


 猿轡を外すように指示する。


「貴様のようなガキに商売の何がわかる!!!」


 俺の身分を知りながらも暴言を吐くくらい、豚の理性は無いのだろう。


「指示を無視したのがそもそもだろう」

「黙れ!!われが居てようやくこの店は成り立つのだ!!!」


 何言ってんだ、こいつ。


「反省がないようだな」

「!?」

「ではエウリッヒこの豚を檻の中に入れておけ」

「入れておくだけでいいのですか?」

「ああ、そいつは戻って来た時に罰をあたえる」

「わかりました、では連れて行け」


 衛兵に引きずられて喚く豚は退室させられる。


「はぁ~明日にはノストニアの方に行くのにな」


 書類を見ながらぼやく。


「では私はこれにて」

「ああ、助かった、だが俺たちが戻って来るまで逃すな。それが出来なければ今度は」

「わかっていますとも」


 エウリッヒは邪魔しないように事務所から出ていく。










 誰もいなくなった事務所では紙がめくられる音だけが存在している。


(……………どう考えてもお前と豚は繋がっていたのだろう)


 イドラ商会の事務所で書類を整理しながらぼやく。


 王家よりの人間なら魔道具に税がかからないということは知らないはずがない。それなのにエウリッヒは知らないふりをした。


(袖の下でももらっていたのか?………だがアズバン家の横やりを防ぐということでエウリッヒは処罰できない)


 エウリッヒは王家から派遣されてきた町長だ、これに異を唱えることは大事でもない限りできない。


 もちろん今回のことで罷免できないこともないのだが、そうなれば今度はアズバン家が声高々に割り込んでくるだろう『王家の選んだ人物が問題を起こしたのにまた選ぶのか』と。そうなれば今度こそゼブルス家が介入しにくい町となるはずだ。


(豚がいくらエウリッヒと繋がっていたと証言しても証拠がなければ意味がない、それにエウリッヒはもとより豚を切り捨てるつもりだったはずだ、証拠を残すとは思えない)


 あくまで白を切りとおすだろう。


「とりあえず従業員全員の面談が必要だな」


 似たような存在がいるなら面倒なことになる。


 そして早急に豚の代役を立てなければいけない。


「リン…は、いないんだったな」


 頼ろうとするがいないことに気づく。仕方なく歩いて従業員を集める。









 あのエルフの客を最後に店を閉め、休み問わず店員すべてを呼び出す。


 来なければ強制解雇と言うことを伝えるとさすがに全員が集まった。もちろんどうしようもない人物に関しては後々の面談となる。


「さて、君たちに現状を話しておこう」


 陛下の許可を得て魔道具に税がかからないこと、エルフと友好的にしたいので安い値段で売り出していること、豚がどのようなことをしたのかなどをだ。


「ブータスは処罰される。奴の二の舞になりたい奴はいるか?」

「「「「「「「…………………」」」」」」」


 当然声は出ない。


「さて、だが当然指揮する奴がいなければ店は動かない」


 俺は代理の店主を選ぼうとしているのだが豚がどうなったか理解していて、全員なりたいとは思わない。なにせ代理に選ばれたら視線が針の筵のように刺さることになる。


「なので今ここで次の店長にふさわしいと思うもの自分以外で指さしてもらう、では行くぞ」


 合図をすると7人の店員は指をさす。


 なにせ全員が遠慮して、事態が進まないなんてことは容認できない。なのでここは仕方ないと割り切り勝手に人員を決めさせてもらう。


「お前か」

「ひっ!?」


 指差されたのは弱気そうな女性の店員だった。


「おい、前に出ろ」

「は、ひぁい!」

「ではこの者を代理店主とする、いいな?」

「「「「「「はい」」」」」」


 誰もあの豚の後処理を押し付けられたくないのだろう、そのために気弱な彼女を代理店主生贄として差し出した。


 その後は、それぞれの面談を行うと彼女以外を解散させる。


「さて、では座れ」

「ひゃい!?」


 普通に話すだけでも緊張している。


「ではお前の話を聞こう」

「…………話ですか?」

「そうだ、この店が始まった後、店の状況は?店員の態度は?商品の売れ行きは?」


 彼女は少し考えてから話してくれた。


「お店が始まる時に店主、ブータス様が急に値段を変更し始めました、なんでも『これでは店が成り立たぬ』といって」


 ビキンッ


 思わず椅子の一部を握り潰してしまった。


「!?」

「いや、すまないそれよりも続きを頼む」

「は、はい!店員の態度はまぁ普通です、少し気の悪いお客さんに対しては微妙な対応ですがおかしい点はないと思います」


 それは朗報だ、豚と同じ性格だとエルフに対して敵意でも出してそうだったからな。


「最後に売れ行きは微妙です」

「微妙か」

「はい、値段の関係で人族ヒューマンは買うことはありませんでしたし、エルフもそこまでお金を持っていないので最近ようやく何点か購入するものが現れたぐらいです」

「あんな値段じゃそうなるよな…………」


 あの豚を脳内で五度ほど殺す。


「幸い、裏帳簿も手に入った、今まで買い物したエルフには差額分を返金しろ」

「わかりました」


 明日にはノストニア側の交易町に行く、そこで説明してエルフたちに戻ってきてもらおう。


「あのぅ、私はタダの店員です。明日から店長と言われても………」

「大丈夫だ、俺が本店から臨時の店主を用意する。君はそれまでのつなぎだ」

「そのつなぎが務まるかどうか…………」


 不安になっている女性店員。もちろんずぶの素人にすべてをやれとは言わない。『亜空庫』からいくつか必要な物を取り出す。


「マニュアルを渡す、これで何とか持ちこたえてほしい」

「ですが」


 ジャラジャラジャラ


 今度金貨が入った袋を置く。そのはずみで袋の中から何枚かの銀貨が零れ落ちた。


「もちろん、相応の金額も出そう」


 ゴクリッ


「それに多少の失敗にも目を瞑ることを約束しよう」


 少し表情が軽くなった。


「そして会話できる魔道具を渡しておく、もし本当にどうすればわからないのならこれで連絡して来い」


 ここまでの条件を出し、何とか納得してもらうことができた。









 急遽用意した代理の店長にやるべきことを一通り説明し終えると、再び、雑務を始める。


「はぁ~~これぐらいか」


 事務所の最後の書類を整理し終わる。なにせ豚は裏帳簿だけではなく、様々な私物を経費で落としていることが発覚しており、その後始末に追われていた。


「あの~ここにバアル様はいますか?」


 窓の下からセレナの声が聞こえる。


「ここにいる」


 さすがに疲れているので気の抜けた声で返事をした。


「入っても大丈夫ですか?」

「ああ、入ってこい」


 セレナは階段を上り事務所に入ってくる。


「うわっ、なんですかこの書類」

「………説明すると面倒だ」

「そこは長いじゃないんですね」


 イドラ商会で何があったかを掻い摘んで説明してやる。


「へぇ~それでこの惨状なのね」

「その通り、それでなんでここにいる?」


 なんでここにセレナがいるのか聞いてみると、そろそろ夕餉の時間だから戻ってきてほしいと伝言を頼まれたそうだ。


「じゃあ戻るとするか」


 全ての書類を元に戻し、位置を記した紙を事務所の目立つところに置いておく。


「さて、行くか」

「はい、今日は豪勢なお食事でしたよ」

「それは楽しみだ」


 セレナと一緒にエウリッヒの屋敷に戻る。

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