第98話 模擬戦
「では、最後にバアル様とリン殿の模擬試合」
俺はバベルを構えて、リンは宝刀“
「では、はじめ!!」
ラインハルトが宣言した瞬間、衝撃が周囲に響いた。
共にユニークスキルを発動してステータスの底上げしてぶつかり合う。
「はあぁ!!!」
「てりぁ!!!」
俺の振り下ろしとリンの斬撃が衝突し、その余波が周囲に広がる。
「『太刀風』」
「『パワークラッシュ』」
飛んできた風の刃をバベルで受け止める。ただ衝撃を完全に殺すためには後ろに飛び緩和させる必要があったため距離ができてしまう。
「『
「『障空流』」
その距離を生かすため『
(遠距離戦だと埒が明かない)
即座に遠距離戦という考えは捨て、近距離戦に持ち込む。まずは十八番の『飛雷身』でリンの左後方に飛ぶ。
「よ!!」
「っはぁ!!」
キィン
澄んだ音と共に少し距離を取らされる。
「毎度思うが、なぜ飛ぶ方向がわかる?」
「簡単ですよ。周囲に薄い風の流れを作って、流れが変わればその場所にバアル様がいるということです」
「……なるほどな」
あらかじめ周囲の風の流れを把握、そしてそこに乱れが生じるとその場所に俺が飛んだという証明になるわけだ。
「【風辻】」
「『飛雷身』」
リンが刀に魔力を流した瞬間に俺自身も『飛雷身』で飛ぶ。
お互い一瞬にして場所が変わる。
「模擬戦にそれを使うのか?」
「安心してください、峰打ちですので」
それでもだと思う。
「【嵐撃】」
「『聖ナル炎雷』」
リンが生み出した嵐にバベルで生み出した炎雷で対抗する。
威力は互角。
横抜きの竜巻は帯電した白い炎をせめぎ合い、共に消失する。
「…………前哨戦はここまででよろしいですか?」
「ああ、そろそろ本気で行こう」
俺はバベルを肩に担ぎ、リンは刀を一旦鞘に仕舞う。
「『真龍化』」
「『風妃の羽衣』『神風』」
共に本気となる。
片方は瞳孔が縦に割れ、頬の一部に鱗のようなものが出来上がり、体の様々な部分からさながら小さい龍がまとわりついているように雷が見え隠れする。
片方は翡翠の羽衣を纏い、夜空のような髪が揺らめき、周囲の風が渦巻く。形容する人が詩人であれば風の女神とでも言うだろう。
双方が整えば始まるのは激戦だ、雷が鳴れば風が渦巻き、鈍い音が聞こえた次の瞬間には鋭い音が聞こえ、空飛ぶ斬撃が地を割る。
彼らの戦いに加わりたいと思うものはよほど数奇な者と呼べるだろう。
リンが俺の従者になって三年余りが経つ。
この三年、リンには主に俺の護衛をしてもらっているのだが、なにもすべての時間を隣で費やしているわけではない。業務の中に修練を入れて徐々に実力を伸ばしてもらってもいる。だがリンの力の源と呼べる【暴嵐ノ風妃】は三年間も修行をしても『太刀風』という
もちろん、このことは誰よりもリンが痛感している。なのでリンは魔力を見ることができるクラリスやほかの樹守たちからユニークスキルのアドバイスをもらい、ノストニアにいた際に修行をつけてもらっていた。
たった一週間という短い期間の修行だったが、この修行の甲斐があってリンは無事にユニークスキルを自在に操れるようになっていた。
リンの十分に【暴嵐ノ風妃】を使いこなせなかったのは、あまりにも効率が良すぎるのが原因だった。暴走したのは、過剰に魔力を使いすぎて制御できなくなっていたからだとエルフの協力で判明している。それがわかってからは魔力を図ってもらいながら何度も微調整を繰り返し、ようやく使えるようになっていた。
今では全力を出しても容易に勝てる相手ではなくなっていた。
ようやくだ、ようやく
「ガァアア!!」
我ながら獣のような咆哮だと思う。
模擬戦だということは理解しているが、それでも期待せざるを得ない。
(頼むから最低限満足はさせてくれよ)
ドン!!
力強く地を蹴ると足跡の周囲に地割れが起きている。
「は~~~」
リンが軽く息を吐くと同時に俺の体が鈍くなっていくのがわかる。
「ふっ」
刀がが一閃すると、斬撃がそのまま俺に向かって飛んできた。
だが
(!?動きにくい)
想定したよりも体の動きが悪い。
リンの一閃を身を捩ることで躱して迫る。
(……なるほどそう言うことか)
突撃するのをやめ、腕を何度か振り何が起こっているか確かめる。
「これは風の阻害か」
「その通りです」
リンは肯定する。
「この『神風』は自分のすべてに追い風となり、相手の動き全てに向かい風となる、なので」
タッタッタッ
軽快な音とは違い、リンは今の俺と同じほどの速さで動いている。
「らっ!!!」
リン向けてバベルを振り下ろす、だが腕にだけとてつもない強風が起こり動きを阻害する。
(振れなくはないな)
だが速度がかなり下がる。
これがセレナ、カルス、下手すればラインハルトでさえまともに動けない状態になるだろう。
「すごいですね、『神風』の中で私と同じ速度ですか」
「お前こそな、ここまで弱体化されるとは思わなかった」
「ではクラリスの助言も無駄ではなかったですね」
それから接近戦に持ち込み何度も刀とハルバートが打ち合う。
力は俺が上で、速度はリンの方が上。防御力は俺が上で、技術はリンが上。俺の一撃は刀で受け止められて、次の攻撃につなげる隙に何度も斬り返される。だがその斬撃も服を切り裂く程度で俺の肌は薄皮一枚しか切れない。
そこから、お互い魔力の続く限り、模擬戦を続ける。
「はぁはぁはぁ」
「ふぅ~~~」
お互い魔力が切れるとともに元の姿に戻る。
「……終わりだな」
「ですね」
名残惜しいがこれで模擬戦は終了だ。
「バアル様、すみませんが『慈悲ノ聖光』を掛けてもらえますか」
その言葉を聞き、リンの手を見ると火傷を負っていた。言われた通り『慈悲ノ聖光』を使いリンの火傷を治す。
「それにしてもいつの間に」
「気づいておられないのですか?」
「ん?」
「『真龍化』の際に出る雷は武器から伝ってきて、少しずつダメージを与えていくんですよ?」
「あ~なるほどな」
『真龍化』はステータス上昇がメインなので、あまり気にしていなかったが、効果は強化だけではなく副産物として体から出る電流が勝手に相手を襲いかかる。ただ劇的な強化効果を使うほどの敵にほんの少し強化された電流が効くかと言われればおそらくは否と答えることになるだろう。
「リンも使える
「はい!!」
「全員強くなったな」
見渡しながらそう言うと全員がうれしそうな顔になる。
「……あの、お話し中すみません」
近場で見学していた騎士が申し訳なさそうに話しかけてくる。
「どうした」
「これは…どうすれば…」
騎士が示している“これ”とは訓練場の惨状のことだ。大きな亀裂、無視できないほどのクレーター、ひび割れたタイルだらけで訓練できる様子ではない。
「……とりあえず公費から修理費を用意する」
訓練の結果、息抜きのつもりが余計に仕事が増える結果になった。
それも母上の説教のおまけつきで…………
それからしばらく、何事もない日々が続いていた。そんなある日。
「バアル、手紙が来ておったぞ」
珍しく父上が俺の部屋まで来ている。
「手紙?」
父上が持ってくるということはイドラ商会関係ではなく政務関係だ。
「……自分宛ですか、どちらから?」
「陛下からだ!」
目の前にずいっと差し出された手紙には確かに王家の紋様が入っていた。
「中身は何と?」
「しらん、というかバアルなら見当がついているのではないか?」
「いえ、心当たりがありません」
魔道具なら既にノストニアの交易に向けて動いている、それを把握してないグラス殿ではないはず。
「とりあえず中身を見てみますか」
ペーパーナイフで封を切り、手紙を取り出す。
長い時候の挨拶をすっ飛ばし本分を読む。
「何と書いてあった?」
「ノストニアとの橋渡しの際に掛かった費用を王家に補填してもらう約束に関するものです」
内容を要約すると
『ノストニアに掛かった費用はもちろん全額こちらで負担する。だがすぐにというのはできないので、できれば分割で支払いをしたい。そのための話し合いの場を設けたい』
というものだ。
(まぁ最低でも金貨7000枚は掛かっているからな)
エルフの子供の落札代金、エルダさんを通して教会に協力してもらったお布施(賄賂ともいう)、Aランク冒険者ジェナの依頼金、その他デッドが使った費用などもこちらで用意した。
もちろんすべてではないがかなりの金額が掛かっていることに変わりはない。
(王家と言ってもすぐさま準備はできないか)
俺も二年間でイドラ商会で得た金貨を使用しなければ足りなかっただろう。業務に支障が出ないギリギリの金額でまだよかった。
「話し合いのために俺は王都に向かう準備をします」
「待て待て」
「なんですか?」
早速話し合いの場のアポを取るつもりだったが父上に止められる。
「もう少しで王都でパーティーが開かれる、その場でいいのではないか?」
父上の考えを聞いて、納得する。
「……そうですね、ではそのような旨の手紙を出すとします」
こうしてゼブルス領での日常が過ぎていく。
王家主催のパーティーのため、雪解け道を進み王都へと目指す。
「「「わぁ~~」」」
カルス、ノエル、カリンは馬車の外を見てはしゃいでいる。
今回は全員連れてきている。さすがに政治闘争があるパーティーはこの四人には早いので向こうの館で待機してもらうことになるが、その分おいしい物でも用意させよう。
「パーティーの名目は今年の息災を願ってですか」
「名目はな」
貴族間で行われる毎年恒例と言ってもいい。本来の目的は別にある。
「年をとってもいいことはないのに」
前世の記憶を持っているセレナがしみじみと言う。
若い時なら大人に近づいていることに喜びを感じていたが20を過ぎるとただただ虚しいだけだったな。
「そういえばリン、一つ注意しておくことがある」
俺はユリア嬢が今回のパーティーに出席することを伝える。
「ユリアが、ですか?」
「もし話しかけられても親しそうにはするな」
イグニア殿下の婚約者と俺の部下が懇意にする。
ただこれだけで俺はイグニア派閥よりだと考えられる可能性がある。
「でも学友なんでしょ?だったら何の問題もないんじゃ?」
俺はセレナにため息をつきたくなる。
「事はそう単純じゃない、ゼブルス家が男爵、いや子爵ならそのような対応をしてもいい。低級貴族は人脈を増やすのが防衛手段と言ってもいいからな、だがゼブルス家は公爵家だ。ここで誰と懇意にしているかとかはかなり重要になってくる」
友人の友人と言った具合に、少し離れた関係でも懇意にしているなら同じ派閥とみなされてしまう。
「そんなこと言ったら学友すべてが同じ派閥だけになるじゃないですか?」
「その通りだ」
「……え?」
ここは前世と違い、学園で気軽に友達を作ると言ったことはまずできない。敵派閥とは最低限だけの接触とされているほどにだ。
「ニホンとやらの学園は知らんが、ここの学園は派閥の結束を強めるのと敵を見定める、つまりはどの家の令息が腕が立つか頭が回るかなど敵情視察の意味合いが大きいぞ」
「でも、自由な恋愛とかは………」
「できるわけないだろう?仮にできたとしたら、そいつらは婚約者が決まっていない同士、かつ同じ派閥、もしくは敵対していない派閥という暗黙の了解があるがな」
「なんか………思っていたのとは違います」
「お前がどんなイメージを持っているのかは知らないが、学園の貴族は学ぶ、人脈を作る、派閥の調整でそれ以外の役割は、基本は持たないぞ」
もちろん学生と言うことではめを外す貴族もいるが、そんな奴は後々白い目で見られる。
「ですが、ゼブルス家はグラキエス家と」
「リン」
こいつらの前でしゃべりそうになったリンを止める。
「グラキエス家?」
「何でもない忘れろ」
「!?はい忘れました!!!!」
セレナに釘をさすと怯えながら首を振る。
「リン」
「申し訳ありませんでした」
「………今回は許す」
実際、裏では支援を約束はしているが、俺が言っている支援は物資的な意味合いが強い。
「だからリン、ユリアと必要以上慣れ合うなよ」
「………はい」
友人との再会だがここはきっちりと言い含めておく必要があった。
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