第32話 寄宿舎の意味がない(※近況ノートに地図の記載あり)

 まず報告されたのが国内の情勢についてだ。


 各地での魔物の出現情報、食料の自給率、各領内での犯罪情勢、武器の生産体制などなど。


「ふむ、以前よりも情報が緻密だな」


 その報告の際に何度かこのような声が聞こえる。


「次に不穏分子についてです」


 どの領地にどこの国の間者がどれほどいるか、どの貴族が他国に亡命しようとしているか、または違法行為をしているかなどを発表する。


「……あの者か」

「ああ、すでに処分された者が動いているな」

「……腹いせだな」


 数人がなにやらこっちを見てつぶやいている。


「さて、それでは今後の騎士団の動きを決めようと思います」


 次の報告でここにいる全員が真剣に話し合うようになった。


(領地や他国の情勢を見て商売で吹っ掛けたいわけか)


 現にほとんど話しているのはどこの領地に何が不足しているか、どこが豊作で凶作なのかだ。


「利益だな」

「でしょうね」


 リンも何が行われているかを理解している。


 支援者はこの騎士団の情報を欲し、騎士団はその情報を調査する代わりに対価を要求している。


(これだと探偵とさして変わりないな)


 そんなことを思っていると一通りの情報交換が行われる。


「では次に他国の情勢を見ていきたいと思います」


 この国の地形だがインドのような形をしており、東西に2つの国に覆われている。最北のアズバン領のみ、その二国と二国の向こう側にある国と接している。


「まずは東のネンラールについてです」


 ネンラール国、ここは戦士の国と呼ばれており、闘技場などが有名な国だ。力比べが好きな国で、力さえあればいくらでも成り上がれるとされている。


「ネンラールについての情報はしいて言えば戦力増強を図った程度です」

「それはこの国に向けてかね?」


 ほかの支援者の声が上がる。


「いえ、どちらかと言えば反対側にある東方諸国に向けてでしょう。あちらは革命を起こした国があり不安定になっていますから」

「ふむ、だが警戒しておくに越したことは無いな」


 一応は友好国ではあるが完全に信頼はできないという、声には同意する。


「次に西のクメニギスですが」


 西にあるクメニギス国は東とは真逆に魔法使いの国とよばれているほど魔法が発達している。


「こちらは現在混乱真っ只中ですね」

「どういうことだ?」


 一人の声で続きが報告される。なんでもクメニギスの王太子が事故死したそうだ。


 そしてクメニギスには4人の王子と3人の王女がいるのだが、それが現在継承位争いをしていて内乱寸前のようだ。


「……この国も抱えそうな問題だな」


 俺の言葉に全員が反応する。


「ん、ん。私語は慎むように。それで現在2人の王子から我が国の貴族や王族に婚姻を申し出ていますね」

「我が国を巻き込むつもりだろう」


 一人が言った言葉に同意する。


「馬鹿が変な行動をとらないように注意しておかねばな」


 野心がある馬鹿貴族がうかつに手を出すとせっかく良好な関係にひびが入ってしまうかもしれない。そしてその代償はどれほど莫大になるのか見当がつかない。


「各自、留意せよ」


 陛下の一言でクメニギスの件は締めくくられた。


「では最後に北のノストニアについてです」

「あの耳長のことか」


 ノストニアはエルフの国だ。


 エルフは干渉を極端に嫌うのでほぼ鎖国状態なので全くと言っていいほど情報が入らないはずだったのだが。


「こちらに関してはほとんど情報はないのですが一点だけ。どうやらノストニアでは新たな王が決まりまして、来年即位する予定です」

「ほぅ」


 なぜだか、影の騎士団はノストニアの情報を少しだけ持ち合わせていた。さらにほとんどの人物はこの情報は初耳だったようで興味深く聞いている。


「ノストニアは新王が即位するにあたり、友好を広めようとする動きがありますね」

「どういうつもりだ?」


 エルフの引きこもり体質が変わったのかと予想するが、あまりにも情報が少なすぎて正確なところはわからない。


「現王は反対しているようですが、新王の支持者が多いようで」

「次第に折れる、か?」

「そのように我らは予想しています」


 これはどのように変化するのか予想できない。


 友好的になるか敵対するのかどうなるか……いずれにせよ準備しておかねばならないだろう。


「グラスよ、ご苦労であった、そしてバアル・セラ・ゼブルスよ」

「?はい」


 急に話しかけられて一瞬反応が遅れる。


「そなたの魔道具でこれほど緻密な情報が集まるようになった、感謝する」

「……いえ、これもグロウス王国に仕えるものの役目ですので」

「皆も聞け。このバアルは今後グロウス王国には無くてはならない存在だ。なにかあったとき手を貸してやってくれ」


 今の一言で全員の視線がこちらを向くがすべてが友好的とは限らなかった。


(余計な一言を)


 この周知には手を出すなという牽制をしてくれているのだが、今ので嫉妬もされる。


 その後、すべての会議が終わるとそれぞれが時間差で別々の通路を通ってパーティーに戻っていく。


「おお、もどったかバアル!」


 パーティーに戻ると父上が出迎えてくれた。


「どうだった、あの会議は」

「それなりに有意義でしたよ」

「それは上々」


 そうこうしているとパーティーも終わり、俺とリンは寄宿舎に帰っていった。

















 定例会が終わり普通の日々が過ぎていく。


「………暇だ」

「またですか、バアル様」


 今日は珍しく授業に出てるのだが、やっぱり簡単すぎてつまらない。


「ですが、ここ数日はお付き合いお願いします、ただでさえ出席日数で問題が出てきそうなのに」

「……やる意味などないのに」


 まさかの出席日数でまずいことになるとは思わなかった。


(いっそのこと陛下に頼んで休んでもいいようにしてもらうか?)


 このような考えが出るくらいには俺は暇してた。


「ではこの数式を解いてください……バアル様」

「57」


 黒板に書かれた数式は良くても2桁の算数だすぐにわかる。


「……正解です」


 なぜだか先生は悔しそうにしている。


「当たり前ですよ、サボり魔であるバアル様の鼻を明かそうとしたのに、難なく解くのですから」


 すると前にいる数名が頷くのが見える。


 その後も腹いせに同年代には難しいだろう問題を出され、難なく解くというやり取りを繰り返し、授業が終わる。












 授業も終わり帰るのだが


「……とりあえずリン」

「……何でしょうか」

「後ろの3人はなんだ」


 後ろで一定間隔で着いてくる3人が気になって仕方がない。


「はぁ~、仕事ですので邪魔しないでくださいといったのですが」

「そしたらああなったか」


 確かに邪魔はしてない。なにせ一定間隔は慣れた場所にずっといるのだから。


「それに私は3人にお応えするつもりはないときっぱりと言ったんですが、なにぶん『私たちはいずれ必ずリン様の心をつかんで見せます』の一点張りで」


 でストーカーじみた感じになってしまったと。


「寄宿舎にすら張り込む始末です」


 リンの表情は完全に疲れ切っていた。


「仕方がないな」


 このままではリンの仕事に支障が出そうだな。


「少し行先変更だ」

「どちらへ?」











「リンには今日から同じ場所で過ごしてもらう」

「え……え?!」

「ここなら変な奴も来ないはずだ」


 今いるのは男性の寄宿舎ではなく、学園から少し離れた場所の一軒家だ。


(これも特権の一種だな)


 実は特待生の特権で学園の近場にある家の賃貸を一定額まで肩代わりしてくれる制度がある。


 無論、特待生なら全員同じように家を借りることができるのだが、残念ながら生活費などは実費だ。当然ながら貴族はこんな家は使わないし、平民は実費を払うくらいなら寮に入る。なのでほとんど使われていないのが実態だ。


(本当なら王都の屋敷と往来できればよかったが)


 残念ながら王都ゼブルス邸と学園まではある程度距離がある。だったら近くにある家を借りたほうが楽だった。


 他にも寄宿舎には友好範囲を広げる目的もあったが、悪名の影響でうまく機能しているはずもなくそちら方面でも意味がない。


「これなら問題ないだろう?」


 ここは知り合いの不動産に用意してもらった家で、学園からはかなり近いし造りもしっかりしている。防犯面もすぐそこに憲兵の詰所があり、ここらには憲兵が日頃から見回りをしているので安全といっていい。


「え、ええ、ですが、その」

「荷物は明日にでも運ばせる」


 家にはすでに生活用品や家具がそろっており、暮らそうと思えばすぐに暮らせる。


「あ、ありがとうございます」


 なぜだか顔を赤くしているが。


「嫌なら無理に泊まる必要はないが?」


 何だったら給金で近くに一家借りてもいいし、普通に元の寄宿舎に戻ってもいい。


 正直、寄宿舎がかなり生活しづらいので俺としても渡りに船だった。部屋もそれなりに数があり、あと10人ほど一緒に暮らすことができる。


「俺は寝るから自由にしていいぞ」


 不動産に掛け合ったり書類を学園側に提出していたら空も暗くなってきているので、二階に用意した自室にて横になり眠りにつく。








 翌朝。


 グツグツグツ


 なにかが煮える音とおいしそうな匂いで目が覚める。


「……リンか」


 下に降りてみるとリンがキッチンで料理をしている。


「おいしそうな物を作っているな」


 後ろからのぞき込む。作っているのはポトフだ。


「横借りるぞ」

「ええ、って何を?」


 俺は肉を並べて串に通す。


「……朝から肉ですか?」

「ああ、焼くだけで簡単だ」

「………分かりました」


 俺の手から串と肉を取り上げる。


「これも私がやるのでバアル様は休んでいてください」

「……わかった、あとは頼む」


 やることが無くなったのでソファでゆっくりとする。


 そしてしばらくすると料理ができたと声を掛けられる。


「……なんか豪勢になったな」


 白パンに具が豊富なポトフ、それに厚切りベーコンとミルク。


「休日はどんな朝食をしているんですか?」

「さっき作ろうとした串肉」

「………え?それだけですか?」

「ああ、それだけだ」


 栄養なら学園の昼食で十分とれる。代わりにに野菜の量を多くしなければいけないが、それでも焼くだけなのでだいぶ楽だ。


「……バアル様、もう少し料理とか」

「無駄だ。それに作るなら手軽なものでいい」


 それに肉は好物だから、何も問題ない。


「今度から朝食は私が作りますので」

「それは良い」

「…………貴族とは思えない言葉ですね」


 ということで朝食はリンの担当になった。






 その後は迎えに来た馬車に乗り学園に向かう。

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