第二章 学園の始まりと騒々しい夏休み
第21話 二年後と怖い二つ名
20XX年。
日本のとある研究者がある新技術を開発する。
その技術は様々な方向に転用できることから世界からかなり期待されていた。だが、その技術を流用して一番最初に作られたのが、本人たっての願いであり、ゲーマー達にとっては夢の機械、五感再現型のVRゲームだった。
研究者は早々にゲーム会社と連携して、『幻想世界』という超大型規模のゲームを作り上げる。このゲームにジャンルというものは存在せず、本当に異世界に転生したかのようにゲームができてしまう。勇者になってもよし、ヒロインになって恋愛を楽しむのも良し、農家になってファームを楽しむのも良しとされている、まさに使い道は無限大。
さらには世界最高峰のAIシステムを導入していることにより政治、経済、地形や気象、生態系、戦争、それらが想定されており、まさにどこかの惑星で行動しているかのように動ける。
そんなゲームは発売当初は全世界で爆発的に売れた、が、2か月ほど経つと売り上げは急速に落ちる。異常者が現れたのが理由だ。なにせ彼らは夢と現実の区別ができなくなり正常な判断が一切できなくなっていた。これは世界に『夢囚病』という新しい病気が認定されたほど深刻であった。
これだけでも世間ではかなりひどい評価を得ていたのだが、さらに悪い事態に陥いる。
なんと機械の不具合で死人が出てしまった。
魔道具事件から二年の歳月が流れた。
「バアル様、そろそろグロウス学園に到着しますよ」
馬車の中で声をかけてきたのは
「……その恰好は慣れないな」
本来は武士の恰好をしていたのだが、今は白いグロウス学園の制服を着ている。
「仕方ないですよ、私もバアル様に合わせて入学するのですから」
今年14になるリンだが、俺の護衛をするということで二年遅れでこの学園に入学することになる。ちなみにだがこの二年でござる口調は鳴りを潜めた。
「しかし、バアル様にお友達ができるといいんですけど…」
俺はバアル・セラ・ゼブルス、ゼブルス公爵家の嫡男なのだが、リンはそんな俺に友達ができるか心配している。
(お前は俺の母親か)
なぜこのようなことをリンが心配しているかというと、端的に言えば自業自得だ。
俺は有名に成ったのだが、それはほとんど悪い意味で広まった。
「……“破滅公”か」
それが魔道具停止事件のあと俺についた二つ名。
「確かに俺にちょっかい掛けてきたやつには制裁を加えた。が、破滅までは追い込んでなはいないのだがな…………」
なぜだかこの名が広まり、俺に粗相をしたら家が潰されると思った貴族が多く出てきた。そのため同年代とはほとんど知り合いがいない。
「いつの間にか子供が粗相をして、標的になったらたまらないですからね」
大半の貴族はリンのように考えている。よく言えば孤高、悪く言えば周囲に関わるのはやばいと思われているボッチというわけだ。
(変なのが寄ってこないからいいがな)
悪名も十分使いようがあった。
グロウス学園初等部校に到着する。
「…………格差がすごいな」
俺のような上級貴族は馬車で構内まで入るのだが、下級貴族は門のすぐ外にある停留所で馬車を降りている。平民に至っては徒歩で学園内に入る。
さらには貴族と平民で制服の模様が違っており一目で区別がつく。
「着きましたバアル様」
リンが扉を開けてくれる。
馬車を降りると目の前に広がる光景が見える。
(どう考えても大学とかの規模だな、これは)
前世でよく見た校舎とグラウンドというレベルじゃない。下手したら遊園地並の大きさだった。
「ではバアル様、参りましょう」
「ああ」
俺はリンを連れて校内に進んでいく。
「ここがグロウス学園ね〜いいところじゃない!」
「ほ〜、これがゲームの中の学校か、広いな~」
入学式が始まるとエルドとイグニアが壇上に上がり挨拶を行う。
(暇だ…………)
挨拶はありきたりなものだったのであくびが出そうになる。もちろん俺だけではなく周囲を見渡すと俺と同じように暇そうにしている奴が大勢いる。
現にエルドとイグニアが終わっても学園長の話が始まると、結果大半の生徒は寝ることになった。
入学式が終わると教室に移動する。
「バアル様……」
伸びをしているとリンが窘めるような視線を送ってくる。なにせ学園長の話を聞きながら寝ていた。それまでと言えばそれまでだがこれでも高位貴族の嫡男だ、その行動だけで家の評価が貶められる。
「眠くなる話をする学園長が悪い」
「……はぁ~」
リンは何を言っても意味がないと判断したのか長い溜息を吐く。
目的の教室に着くと中に入り、席を探す。
「リン、席はどこだ」
「あちらになります」
教室は小学校というよりも大学の講義室みたくなっていて、幅広い机に数名が並んで座る形だ。
すでに何人もの貴族が席についていて、リンは最後尾の席を指差す。
(よりにもよってあの席か…………)
視線の先では紫紺の髪と赤い髪の少年達の姿が見える。
俺は絡まれると面倒なのでさっさと席に着くのだが。
「おいおい、挨拶くらいしろよバアル」
あまり話したくなかったがあちらからわざわざ近づいてくる。
仕方ないと思い、笑顔を作る。
「お久しぶりですイグニア殿下」
話しかけてきたのはイグニア殿下だった。
「お前との仲だ、以前も言ったがそんなかしこまった挨拶はいらないぞ」
「そうですか……ではそうするぞ」
軽い口調に戻す。
「相変わらずだね、バアル。ああ、僕も堅くなる必要はないから」
その横には同じくやってきたエルド殿下までいる。
「エルド、こいつは俺が狙ってる。横取りするな」
「それはバアルが決めることだろう?それにイグニアは成人するまでバアルを勧誘できないけど私はそんなことないからね」
「チッ面倒な約束しちまったぜ」
二年前、あの何事もないように始まった決闘だが、なぜだかイグニアは引き分けにもかかわらず自分が負けたと言い、成人まで勧誘を控えてくれている。
ただ、勧誘を控えるだけで何かにつけて話をしには来る。
「やめろ、華やかな女性が俺を取り合うならまだ良いが」
男二人に迫られるって背筋がぞわぞわとくる。派閥に引き抜きたいだけだと知っていながらもだ。
そして二人に軽口を叩くなんてと思われるかもしれないが、既に二人からは軽口でいいと許可をもらっている。これは双方とも俺と親しいと相手を牽制したいがために許可してくれた。
「あら、人気ですねバアル様は」
「…………ユリア嬢か」
ユリアは朗らかに笑いながら俺たち三人のやり取りを微笑ましく見ている。もちろんその笑顔が表面上だけなのは俺もエルドも理解している。
「お久しぶりです。エルド殿下」
「久しぶりだねユリア、イグニアの婚約者となってからパーティーに参加しなくなって以来だね」
ユリアはなんとこの二年でイグニアの婚約者となっていた。それもほかの候補者が全く近づけないほど親密に。
(妥当と言えば妥当か)
「それはご容赦を。婚約者をおいて私だけがパーティーに出席するわけにも行かなかったですから」
約一名を除いてそれぞれが表面を笑顔で取り繕い笑い合う、ある意味ではいつもの光景である。
「すご〜い、子供の頃からあんなふうになっているんだ〜」
今の学園には大まかに言えば3つの派閥がある。
まずはエルド殿下の派閥、次にイグニア殿下の派閥、最後になぜか中立派の代表にされた俺の派閥。
(中立派と言ってもどちらにも属してない奴の寄せ集めだけどな)
なので各派閥の長がこのクラスに集結したことになる。となればクラスメイトもそれなりに配慮しており、クラスの皆はそれぞれの派閥の周囲に座っている。
エルドのところはエルドの前に、イグニアのところはイグニアの前に、そして俺の前だがこれはあの派閥争いから逃げてきた奴らが座っている。
(それぞれが同じ比率か、学園側も配慮したのか)
そんな考えをしていると扉が開き一人の教職員が入ってくる。
「みんな集まっているようですね……では初めまして、私はリーゲル・セラ・アルスと言います。このグロウス学園特待生クラスの担任を務めます、担当は魔法学なのでよろしく。では、これからどのような生活を皆さんに送ってもらうかを説明します―――」
それからはどのような生活を送るのか、この一年で何を行うのか、それらを一通り説明が終わると解散して学園案内となる。
まず学園だが基本的には校舎と泊まり込みの寄宿舎、その他の設備がある土地で分かれている。
まずは特待生の第一校舎と貴族の第二校舎、それと平民の第三校舎の三つ、その次にそれぞれが泊まる宿舎を巡る。
クラスについてだがグロウス学園は三つ存在している。一つが貴族の子弟だけが集められた貴族クラス。二つ目が逆に平民だけが集められた平民クラス。最後は一定の学力を持つ生徒、特待生だけが入っている特待生クラスだ。特待生クラスは平民貴族関係なく選ばれているが、平民は普通は教育を受けられない。なのでここに入れる平民なんてまずいない。いるとしたらそれなりに事情を持っている奴ばかりだ、教育ができる商会長の子供、もとから教師や学者の子供、没落した貴族の子、はたまた有名な実力者の子といった具合に。
ちなみに俺が所属しているのは特待生クラスになる。
「これで今日は終了となります、本格的な授業は明日から始まりますのでお忘れないようお願いします」
案内が終わると今日は解散となる。
「さてとバアル、これからどうする?」
なれなれしく話しかけてくるイグニア。
「そうだな……のんびりとやらせてもらうつもりだ」
「へぇ~意外だね」
今度はエルドが会話に加わってくる。
「何がだ?」
「国や教会に噛みついた君がこの学園でのんびりとするなんて」
「心外だ、好きで噛みついたわけじゃない」
人を狂犬みたいに言わないでほしい。
「殿下たちは何をする?」
「それはね……内緒だよ」
「俺は秘密主義のこいつと違って、もっと活動的に動くさ」
「それはクラブに入るということか?」
「そのとおり」
クラブ、まぁこれは同じ趣味を持つ者が集まって活動している……そのまんまのクラブだ。
「どうだバアル、一緒にやらないか」
「断る」
そういいながら立ち上がりこの場を離れる。
「いいのですか?」
「ああ、最近分かったがイグニアとエルドには、はっきり言った方がいいらしい」
エルドもイグニアもはっきり言わないと勧誘がしつこい。それも婉曲的にではなくまっすぐと、はっきりと。
「……ではこの後はどうしますか?」
「そうだな……本でも読みに行くか」
寄宿舎に帰っても仕事が残っているだけで、そこまで多くも残っていない。結果的に暇を持て余すことになる。
だったらまだ時間をつぶせる図書館に向かうのが有益だ。
先ほど案内された図書館に入る。
「……やはりすごいですね」
リンが驚くのも無理はない、屋敷の書斎とは比べ物にならないくらいの大きさだ。なにせ建物丸々が図書館になっている。
「どのような本をお探しですか?」
図書館に入ると係の者が近づいてくる。
「そうだな……比較的に暇つぶしできそうな本はあるか?」
「暇つぶしですか?」
「ああ」
「……そうですね、勉強関連なら奥に進んで左手の方に、魔法関連なら奥の右手にあります。ほかにも冒険譚は手前の方にありますので、そちらから探してみるのが良いかと」
「そうか、ご苦労」
俺はさっきの話で興味がわいた魔法関連の本棚に向かい、そこから面白そうな本を探す。
「この本がおすすめですよ!」
本を物色していると横から声が掛けられる。
「お前は?」
「私はセレナ・エレスティナと申します、バアル様」
声を掛けてきた彼女はブロンドの髪を腰まで下げた少女だ。
「この本は?」
彼女のことを観察する。かわいらしい顔に俺よりも小柄な体、まるで小動物を連想させる少女だ。
「これはある大魔導士が残した魔導書です」
「ふむ……」
本を受け取ると軽く中身を見てみる。
(7属性に加えて時空属性の魔法も載っている)
それも懇切丁寧に書かれており魔力さえあれば俺でも使えそうなくらいだ。
「……感謝する、対価は何が欲しい?」
貴族として親切心に対しても対価払わなければいけない。たとえそれが些細な事としても。いわゆるチップだ。
「いえいえ!私を覚えていてくれるなら何も問題ないです!」
(それだけか?……貴族に売り込む平民は多いだろうからな)
今、ほんの少しの対価を貰うよりも、いい印象を残してその後に繋げる。後々の事を考えればその方がいいだろう。
「わかった、覚えていることにしよう」
「……………うわ~同じセリフ」
なんか変な言葉が聞こえた。
「なんか言ったか?」
「いえ!何でもないです!」
そう言って図書館を出ていった。
「なんだアレは?」
「……ご自分でお考え下さい」
なぜだかリンはすこし不機嫌になっている。
とりあえず、本を借り宿舎へと戻り、食事を済ませ、部屋で本を読む。
「……面白いな」
前世の地球の知識とは違うアプローチで魔法を極めようとしてるのがとても面白い。すぐさま貸出を申請し、俺は寝るまでその本を読みふけた。
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