第11話 穏やかな日々

 イドラ商会を見学した後、ゼウラストの町中を案内するのだが、日が落ちかけるころには館に戻る。


 ちなみにだがアスラさんはあの後出てきたメガホンと照明器具、それと自動乾燥機を、ユリア嬢の方はヘアアイロンを購入していった。






「お二人とも楽しんでたでござるな」


 二人を客室に戻した後、自室に戻り書類を処理しながら用意されたお茶を啜る。


「お前も何か欲しかったものはあるか?」

「それがないでござる、今の部屋にはほとんどの魔道具が設置されてるがゆえに」


 この館はどの部屋にも魔道具が完備されており快適に過ごせる。それこそ備え付けの簡易な部屋だとしても普通に暮らすぐらいなら全く問題なくほどに。


 そのため使用人は解雇されないように懸命に働いてくれる。


「それにしても魔道具なんて見飽きていると思うが?」


 今回イドラ商会から直接魔道具を買ったことに違和感を覚える。相手をしたのは仮にも侯爵家、魔道具いくらでも買えるはずだった。


「それにつきましては」


 俺の部屋で紅茶を入れているメイドが疑問に答えてくれる。


「イドラ商会の商品はある程度お金がある貴族であるならば、いうなれば騎士爵ですら購入できるほど安価です。ですがその反面で競争率がとてつもなく高くなるため手に入りづらいのです」

「だが、商品が入荷するまでに予約できるようにしているはずだろ?」

「その予約ですら希望者がいっぱいで抽選している状況なのですから」


 報告で荷物が届いたら即完売になるとは聞いていたが、そこまでとは思わなかった。これには今一度認識を改める必要があった。


「もう少し数を増やすか………やめとこう。今のところ無理に商会を拡張する必要がない」


 現在でも工房を結構な頻度で動かしている、これ以上となると常時稼働させるか、工房自体を拡張する必要があるためすぐには対応できない。


 俺の言葉に期待したメイドだがすぐにがっかりした。


「……ほかにも商会には従業員は優先的に購入できる制度がありますよね」

「ああ、あれか」


 支店長に強く頼まれて作った制度がそれなのだが、メイドの口ぶりで宣伝目的よりも従業員の福利厚生の側面が大きいと察する。


「なのでイドラ商会に雇われようとしている人たちは山ほどいますよ、かく言う私も友達からコネがないかと聞かれている次第で……」


 宣伝目的もそうだが、メイドの言葉でもわかるように福利厚生を厚くすれば質のいい従業員が手に入る確率が高いためこの制度には利点が大きい。


「残念ながら従業員の募集はしていない」


 またメイドは縋るような目をしてくるが、今のところ増員する予定はない。現状でも十分に利益を得ていることに加えて、何よりも生産量が限定されている以上無理に従業員を増やせば、それはそれで必要のない人件費がかさんでしまう。はっきりとそういうとメイドはがっかりとした表情を浮かべる。


「主君はお金持ちなのだな」


 リンは妙なところに関心を抱くと同時に一つの疑問が出てくる。


「品切れの状態ならなんであんな舞台があるのでござるか?」

「あれは一種の特権だ」


 母上に招待された人物のみが実演販売を見られる。そしてあの場所では金さえあればすべての魔道具が手に入れることが出来るため、おかげで母上はサロンなどでかなりの発言権を得ている。


「なるほど」


 こうして様々なことを考えていると扉がノックされる。


「誰だ」

「バアル様、ユリア様がお越しになっております」

「?、入れろ」


 メイドに返答してとりあえず部屋に通す。


「本日はありがとうございました」

「いや、こちらも商品を買ってもらったのでな」


(何しに来たんだこいつは?)


 部屋の中に入れた手前、備え付けのソファに座らせて様子を見る。


「今回はとあるお願いをしに来ました」

「……聞こうか」


 共に笑顔というか仮面を装備して、お互いの眼を見て腹を探りあう。


「イグニア様は剣の魔道具をご所望しておりますので製作「断ります」………なぜですか?」

「以前、エルド殿下にも言ったが、剣の魔道具は言い換えれば手軽に人を殺せる道具に過ぎない。そんなものを俺は作る気がない。それだけだ」

「……作れば王家や様々な貴族が喉から欲しがる物になると思うのですが」

「だが作ったが最後、いつか必ず悪用される未来が出てくる」


 地球で民間人の銃殺事件が無くならないように。


「だが護身用の魔道具については作るから、それで満足させろ」

「先ほどの決議でこちらの要請を断らないとありましたが?」

「ああ、標準的な利益が出ればその通りだ。だが、仮に作ったとして標準的な利益が出ないならば要請に従う必要はないはずだ」


 またその根拠を示す理由も確かに存在していた。


「……わかりました」


 こちらに要請を断るための何かがあると感じたユリア嬢は部屋のソファーに座り込む。


「(なぜ部屋に残る?)ユリア嬢?」

「父上からで友誼を結ぶように言われましたので」


 そういわれたら無理に追い出すことはできない。


「………ではこれをしないか?」


 俺は机の横にある板を取り出す。


「これは?」

「暇つぶしで作った玩具だ」


 白黒のボードに16×2の駒を用意する。


 これだけで地球からの転生者は予想がつくだろう。


「これはチェスだ」

「チェス?」

「やり方は教える」


 駒の動かし方、ボードは右下に白いマスが来ること、プロモーション、アンパッサン、キャスリング、チェックメイト、ドローの条件である50手ルール、チェックメイトできる戦力がないとき、ステイルメイト、パーペチュアルチェックなど、チェスに必要なルールを教える。


「理解できたか?」

「………一応は」

「実践しながら教える」


 もちろん初心者ということで手加減、なんてことをするつもりなどなくチェスでユリアをボコボコにしてやる。


「……すこし手加減してもいいのでは?」

「残念だが、手加減できる遊戯ゲームでないからな」


 正直、チェスや将棋は手加減が難しいゲームだ。


 だがこれ以上は不満しか出てこないであろうから今度からは待った有りで続ける。












「そこでござらぬか?」

「ダメよ、そうするとナイトに取られてしまうわ」


 程よく時間が過ぎる頃、いつの間にかユリアとリンが手を組み、俺VSユリア&リンになっている。


「ああ、プロモーションされる!」

「でも阻止したらビショップがチェックメイトを掛けに来ます」


(相談するのはいいのだがもう少し静かにできないものかな)


 ユリアとリンが頭をひねっていると扉がノックされる。


「お食事の準備ができました」

「そうか………おい、行くぞ」


 メイドが食事の時間を告げるのだが二人は席を離れない。


「もう少し、もう少しだけ」

「後生でござる」


(仕方ない)


 一手戻し、どうしようもない状態にしてやる。


「これでチェックメイト、終わりだ行くぞ」

「「…………」」


 その後、二人は恨めしそうな目で後についてくる。









「なぁバアル、二人はどうしたんだ?」


 晩餐の最中も二人は未だに恨めしそうなめでこちらを見ている。


「チェスで打ちのめしてあげました」

「………なるほど」


 少し前に父上もチェスでボロ負けにして挙げた手前、気持ちがわかるのだろう。


「チェスってなんだ?」

「お父様、ボードゲームの一種です」


 ユリアは父親にどんなゲームかを楽しそうに説明する。


「ではアスラよ、あとで私と対局しよう」

「おう、いいぞ」


(あの父上の顔………初心者のアスラをカモにするつもりだな)







 その後、案の定、アスラは父上に惨敗し、屋敷に雄たけびがこだました。








 グラキエス家滞在2日目。


 この日の屋敷は静かなものだった。


 父上以外が全員チェスに夢中になり、居間のテーブルの上では何度も木が当たる音が響いている。そして中には母上やリンも加わっていた。


「チェック」

「待ったでござる!」


 そんな居間の一角で、俺はリンとチェスを行っている。


「残念ながら、もう5回待ったを使っただろう?なら無しだ」

「くぅ、参りました」


 リンは素直に負けを認める。


「徐々にうまくなっているから、そこまで落ち込むな」

「……了解でござる」


 他を見てみると。ユリアは、彼女の父親であるアスラと対局している。


 昨日始めた初心者と今日始めた初心者なため、実力はある意味ではちょうどよかった。


(平和なものだな)


 そんな彼らだが政治闘争のために交渉しに来た雰囲気など微塵も感じられない。


(完全に休暇を楽しむ親子だな)


 こちらが気を張っているのが馬鹿らしくなってくる。


「バアル様、おやつをお持ちしました」


 メイドが全員分の紅茶とクッキーを運んでくる。


「バアル殿、これは一体?」


 リンはクッキーをつまみ疑問を表す。


「ん?ああ、それはクッキーといってな甘味の一種で」

「ん~おいしいでござる!」


(説明する前に食うなら聞くな……)


 俺も一つ取り頬張る。


(……甘すぎる)


 砂糖が大量に使われすぎてくどく感じる。


 それでもほかの人は喜んでいるみたいだが。


(どちらかというとガッツリと肉が喰いたい………)


 もちろん来賓がいる手前、文句は言わない。


「………」

「バアル様」


 こちらの思っていることが理解できているのかメイドが耳打ちしてくる。


「料理長がバアル様用に少量の肉料理を準備しておりますので」


 いつもの嗜好を理解しているらしく、俺には別の物があるという。


「リン、少し席を外す」

「ではお供します」


 早速リンを伴い厨房に向かう。


「お!若様!」

「俺の分はどこだ」

「こちらに準備してあります」


 そこにはおいしそうなサイコロステーキが置いてある。


「にしてもあれですね、普通の子供ならお菓子の方を欲しがるのに、若ときたら肉の方を欲しがるんですから」

「……甘すぎてくどい」


 そういうと料理長は肩をすくめる。


「では今度から砂糖を控えた甘味を用意しますので」

「頼む」


 こうして俺のお菓子やおやつだけは特別に甘くなくなった。











 全員が軽く軽食を済ますと軽く運動するため屋敷に備え付けられている庭の様な訓練場に移動する。


 カン!


 木刀と木の棒がぶつかり合い乾いた音が響く。相手は騎士ではなくリンに努めてもらっている。公爵家の嫡男という立場のため、本来なら騎士に稽古をつけてもらうのだが。


(なんだよ斧槍術って)


 槍を習い始めた当初は【槍術】だったのだが、この数年でいつの間にか【斧槍術】に変わっていた。そして残念なことにスキルが代わってからは通常の槍の稽古ではスキルレベルは上がらなくなった。


 唯一レベルアップをする方法が


(実戦形式の稽古だけとは…………)

「しかし、10歳とは思えない腕ですね」


 リンは俺の槍さばきを見てそうつぶやく。


「なぜ、バアル様は槍を選んだのですか?この国は剣が人気だったはずです?」


 リンがそう思うのも無理はない、なんせこの国の主要な武器は剣だ。さまざまな物語や英雄譚も主人公は全員が剣を使っているほど、この国では根強い。だがそんな環境の中、俺は槍を重視している。


(俺が槍を使っている理由か……簡単に言えば)


「間合いが取れるから」


 剣と槍が戦う場合よほどの技量差がない限り槍が有利だと聞いたことがある。いくら前世の記憶を持っていたとしても武術に関しては素人だ。そのため剣と槍、どちらかを鍛えるかと言われれば後者に傾く。


「確かに、足軽に槍を持たせるのもそれが理由でだったでござる」


 カン!


「だけどバアル様がそんな理由で槍を選んでいたとは意外でござるよ」


 カカン!


「俺は案外、安全を選ぶぞ?」

「それはここ数日でよく知っているでござる、っよ!」


 鋭い一撃で槍を吹き飛ばされ、首に木刀を突き付けられる。やはり武術のみだとリンに一日の長があった。


「ふふ、某の勝ちでござるな」


 木刀を降ろし今回の模擬戦は終了した。

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