第102話
──私は、夢を見た。
会社から帰ると、私の部屋の前に人影。そのシルエットを、私は知っている。
「──え」
目を、疑った。
「──ハル?」
嘘だ。だってもう、ハルは。
「菜々、久しぶり」
こちらを見てふわりと笑うハルに、ふと記憶が蘇る。あの日と、同じだ。
──私が地元の会社に就職して、2年目。ハルに一度も連絡なんてしていないのに、何故か彼は私の家の前にいた。
そして、そこで。
『──俺、今度結婚することになった』
私は彼に、完全にフラれたのだ。今となっては、もうすぐ亡くなってしまうと分かって──私の未練を断ちに来てくれたんだと、わかるんだけど。
『──菜々、ごめん』
あの去り際の辛そうな表情の意味も、今なら分かる。
……なんだ、また夢?
なにをやり直すの?やり直したら、目覚めた時ハルは生きているの?
あの日と同じように、驚きつつも部屋へと招き入れる。
「菜々」
そう、懐かしい温もりで私を抱きしめて。優しく名前を呼んで。
『俺、今度結婚することになった』
“この時の私”にとって、残酷な一言を残していくの。
君は今日、『さよなら』を言いに来た。そうだったよね?ハル。
でも……。
「……結婚しよう」
「……え?」
──予想外の言葉に、息が詰まる。
聞き間違いかと思った。
でも、目の前の彼は記憶の中にいたツラそうな顔じゃなくて……無邪気に笑う、私が大好きな表情だった。
突然の告白。予想外で、泣きたいわけじゃないのに、涙が出る。
「ハル……っ」
「……ん?」
ハルが首を傾げて、私の顔を覗き込んだ。
──大好きだった。
ほんとに、大好きだったよ。
「今日は8年目の記念日だから。言おうって決めてた」
……あの日、別れてなかったら。
あなたとはそんなにも長い時間を過ごしたんだね。
「……あの時、俺の親友が背中押してくれなかったら、きっと別れてたからさ」
お葬式すら行けなかった。他人の感情に人一倍敏感なあなただから、全てが終わった後にみんなに伝えてくれと言い遺したんだってね?
「ソイツに絶対幸せにするって、約束したから」
君がいなくなって、何度も後悔した。
意地っ張りな自分を何度も叱責した。
君との幸せな未来を何度も想像した。
それでも、何度願っても君にはもう会えなかった。
「……俺と、幸せになってください」
何度も願った、君との未来。
泣いて喜ぶでしょ、私?
……そう、これが本当に、あの頃だったなら。
私は迷わず泣いてあなたの胸に飛び込んだだろう。
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