第66話


「──俺、あと数年で死んじゃうんだってさ」


 笑顔を崩すことなく、「天気がいいね」とでも言うようにサラリと告げた。心臓が、ドクンと激しく波打つ。

「菜々が関西の大学に行くって決めたのは、運がよかったのかも」

 一度はついて行くと言ったけれど、考えてみればハルにとって都合のいいことだった。


「このまま別れて──俺のこと、忘れてほしい」


 そこで初めて、少しだけハルの顔が歪んだ。病気のことは知らせず、ななちゃんのそばから消えると。……ホラ、俺が言った通りやろ?


「何も知らず、幸せになってほしい」

 誰よりも、ななちゃんを想う。その横顔は、ありえんくらいに綺麗で。


 ──言うたやろ?

「菜々がもうすぐ消える俺のことで苦しむ必要ない」


 ほら、見てみい。敵わんやんか。


「俺のことは、学生時代の一番綺麗な記憶として……残しておいてくれたら、それでいいや」

 俺がどんなに頑張ったって。敵うはず、なかったんや。


「……アホか」

 そんなら俺がするべきことは一つやんな?



「ななちゃん、後悔すんで」

「……え?」

 ななちゃんを一番泣かすんは、多分アンタやで?

 ぽかんとするハルの肩を軽くどつく。


「アンタが死んだあと、何も知らんかった自分を責める。そばにおれんかった自分を恨んどるかもしれん。アンタが死んだことを信じられんくて、アンタとの写真を大事そうに見つめて……めちゃくちゃ切ない顔してんねんで?あんな顔、させんなや!」


 卒アルから落ちた写真を見た瞬間、泣きそうに歪められた顔。

 俺が笑わすことはできるかもしれんけど、俺を想って泣かすことは、きっとできへん。


「ホンマにななちゃんを想うなら──最期の最期まで、あの子のそばで愛し抜けや」

 俺に「泣かすな」って言うなら。オマエが責任もって、笑わせろや。


「……まるで、見てきたように言うんだな」

 ああ、デジャヴ。何が夢か、何が現実か。もうそんなん、どうでもええわ。

 俺は何度やって言うたる。


「……同じ女をアホみたいに好きになった……おんなじ“ハル”やからな」


 ──どうか、彼女が幸せである未来を願って。



「せいぜい幸せになれや、ドアホ」

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