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ハルノユメ:HARU
第61話
「──高野くん?まだ帰らないの?」
夕日が滲む教室内で、俺の大好きな声と香りが目を覚まさせてくれる。自分の腕を枕にして、机の上に突っ伏して寝ていたらしい。慌てて顔を上げれば。
「……え、ななちゃん……?」
きょとんとした顔をするななちゃん。俺の見慣れた顔よりも、随分幼くて。うん、かわええ。
……やなくて!
ななちゃんは、制服を着てる。紺のブレザー。どうせやったらセーラーがよかったんやけど。
……でもなくて!!
何から話したらいいのか分からなくて口をパクパクさせていると、大好きな彼女の顔が怪訝そうなものにかわる。
「……高野くん?体調でも悪いの?」
わけわからん苗字呼びやし。どないなっとん?
ふと自分の格好を見れば、ななちゃんと同じブレザーの制服を着ている。……俺は着たことがない制服。見知らぬ教室。俺やって、とっくに高校は卒業してんで?
混乱する頭ん中、意外と冷静でおれたんはきっと目の前の“見知らぬななちゃん”を知っとったからや。
彼女の部屋で何気なく見たアルバムの中で、目の前のななちゃんは笑っとった。俺と出会う前の──高校生のななちゃん。
「……だいじょうぶやで」
ぎこちなく言ってみれば、安心したように微笑んだ。
なんやコレ、どうなっとんねん。トリップでもしたんか?それとも夢?
ま、どっちにしても、こんなん楽しむしかないよな?俺にとって絶対に越えれんかった壁が……目の前からなくなっとるんやから。
無理に大人になろうとせんでええ。急いで追いつこうとせんでええ。同じ目線で、同じ景色を見て。同じ歩幅で、歩けるわけやから。
こんな状況、楽しまなソンやん!!
──なーんて、思っとった俺がアホやった。
「菜々、帰るよ」
教室のドアから顔を覗かせた男。澄んだ瞳、茶色がかった髪がサラサラ揺れる。整った顔立ちを見た瞬間、背筋が凍った。
「うん、今行く」
カバンを持って、ななちゃんが俺に背を向ける。
「ねえ、ハル」
「うん?」
──アカン。反応したら、傷つくだけや。それでも、ななちゃんの声に、俺と同じ名前に……体は無意識の内に反応してまう。ぴくりと肩が震えた。
「明日のテスト大丈夫なの?」
「ん〜あんまり?」
優しさの詰まった、ハスキーな声。笑った顔には少し不釣り合いかもしれん。
「馬鹿じゃないの!勉強しなよ」
「えーじゃあ菜々が教えて。今日は俺んちで勉強しよ」
甘えるようなおねだり。こんなん、ななちゃんは優しいから弱いんやって。
「……赤点なんか取ったらもう別れるからね」
「えええ〜やだよ〜!」
──ああ、やっぱり。
耳を塞いでしまいたい。幼さの残る声。対等の立場。初々しいカップルの会話。……聞いてられへんわ。
「じゃあね、高野くん!」
俺のことは苗字で呼んで
「ちょっとまって、ハル!」
俺やない、“ハル”を呼ぶ。
「……ああ、また明日な」
何を都合のいい夢を見とったんや。ななちゃんの過去に、コイツがおらんわけないやんか。
「……てゆーか、俺どこに帰んねん」
苦し紛れに笑って、頬をつねってみたけど……夢は醒めんかった。
生徒手帳の住所欄を見て、なんとか帰宅。この世界で俺は一人暮らししとるらしい。
彼女の面影も温もりもない1人ぼっちの部屋で、俺は眠りについた。夢の中のくせに、変やな。
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