4

ハルノユメ:HARU

第61話


「──高野くん?まだ帰らないの?」

 夕日が滲む教室内で、俺の大好きな声と香りが目を覚まさせてくれる。自分の腕を枕にして、机の上に突っ伏して寝ていたらしい。慌てて顔を上げれば。

「……え、ななちゃん……?」

 きょとんとした顔をするななちゃん。俺の見慣れた顔よりも、随分幼くて。うん、かわええ。

 ……やなくて!


 ななちゃんは、制服を着てる。紺のブレザー。どうせやったらセーラーがよかったんやけど。

 ……でもなくて!!


 何から話したらいいのか分からなくて口をパクパクさせていると、大好きな彼女の顔が怪訝そうなものにかわる。


「……高野くん?体調でも悪いの?」

 わけわからん苗字呼びやし。どないなっとん?

 ふと自分の格好を見れば、ななちゃんと同じブレザーの制服を着ている。……俺は着たことがない制服。見知らぬ教室。俺やって、とっくに高校は卒業してんで?


 混乱する頭ん中、意外と冷静でおれたんはきっと目の前の“見知らぬななちゃん”を知っとったからや。

 彼女の部屋で何気なく見たアルバムの中で、目の前のななちゃんは笑っとった。俺と出会う前の──高校生のななちゃん。


「……だいじょうぶやで」

 ぎこちなく言ってみれば、安心したように微笑んだ。


 なんやコレ、どうなっとんねん。トリップでもしたんか?それとも夢?

 ま、どっちにしても、こんなん楽しむしかないよな?俺にとって絶対に越えれんかった壁が……目の前からなくなっとるんやから。

 無理に大人になろうとせんでええ。急いで追いつこうとせんでええ。同じ目線で、同じ景色を見て。同じ歩幅で、歩けるわけやから。

 こんな状況、楽しまなソンやん!!


 ──なーんて、思っとった俺がアホやった。


「菜々、帰るよ」

 教室のドアから顔を覗かせた男。澄んだ瞳、茶色がかった髪がサラサラ揺れる。整った顔立ちを見た瞬間、背筋が凍った。

「うん、今行く」

 カバンを持って、ななちゃんが俺に背を向ける。

「ねえ、ハル」

「うん?」


 ──アカン。反応したら、傷つくだけや。それでも、ななちゃんの声に、俺と同じ名前に……体は無意識の内に反応してまう。ぴくりと肩が震えた。


「明日のテスト大丈夫なの?」

「ん〜あんまり?」

 優しさの詰まった、ハスキーな声。笑った顔には少し不釣り合いかもしれん。

「馬鹿じゃないの!勉強しなよ」

「えーじゃあ菜々が教えて。今日は俺んちで勉強しよ」

 甘えるようなおねだり。こんなん、ななちゃんは優しいから弱いんやって。

「……赤点なんか取ったらもう別れるからね」

「えええ〜やだよ〜!」


 ──ああ、やっぱり。

 耳を塞いでしまいたい。幼さの残る声。対等の立場。初々しいカップルの会話。……聞いてられへんわ。


「じゃあね、高野くん!」

 俺のことは苗字で呼んで

「ちょっとまって、ハル!」

 俺やない、“ハル”を呼ぶ。

「……ああ、また明日な」

 何を都合のいい夢を見とったんや。ななちゃんの過去に、コイツがおらんわけないやんか。


「……てゆーか、俺どこに帰んねん」

 苦し紛れに笑って、頬をつねってみたけど……夢は醒めんかった。


 生徒手帳の住所欄を見て、なんとか帰宅。この世界で俺は一人暮らししとるらしい。

 彼女の面影も温もりもない1人ぼっちの部屋で、俺は眠りについた。夢の中のくせに、変やな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る