第56話


 ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴る。今は家主がおれへんから……って言っても毎回出るんは俺の務めなんやけど。「はいはーい」と気の無い返事をしてドアノブに手をかけた。

「ぬおっ!?」

 俺が開ききるより早く、扉が引かれて体が前のめりになる。


「なんやねん〜もう……」

 ドアの外にはどエライ顔した、ななちゃんの幼馴染。あまりの形相に、思わずドア閉めてまうかと思った。

「……な、なんすか……」

 恐る恐る尋ねれば、そのおっかない顔のまま──泣き出した。

「おま、おま……っ」

「ええええええ!?」

 ダーッと漫画みたいに泣いとる大の男。目が点になるって、このことや。



 とりあえず、家にあげて箱ティッシュを渡す。鼻をかみ涙を拭き、ようやく落ち着いたそうちゃんとやらは俺をギロリと睨みよった。

「お前、菜々と付き合ったって?」

 ……しもた。コイツも一応ライバルなんやった。しかもまあバチバチに牽制したよな、俺?橘にばっか気ぃとられて、コイツの存在忘れとったわ。

 でもまあ、嘘ついてもしゃーない。ゆっくりと頷いたら、まあでっかいため息ついて、分っかりやすく項垂れた。


「……こんな、ガキに……」

「ありえない……いつからこんなチャラけた男が好きになったんだよ……」

「騙されてる……絶対痛い目見るって……」

 ……全部聞こえてんねん!!

 けど、物心ついた時からの恋が音を立てて崩れ落ちた瞬間を目にした俺は、目の前の男を刺激するんは懸命やないと思って黙っとった。……そういう意味じゃ、コイツが一番しんどいんかもな。


「……全然“アイツ”とは違うタイプじゃんかよ〜!」

「……!」

 コイツ、酔っとんか?ってぐらいに情緒不安定なそうちゃん。


 えらい爆弾発言しおって。脳裏にバッと蘇った、あの写真。あれを見るななちゃんの顔は今まで見てきた表情のどれとも違っとった。ああ、ちゃうな……一度だけ、あったわ。


「──好きな人が、いるから」

 そう言ったのは5年前のななちゃん。泣き出しそうな、でもどこか幸せそうな。きっと同じヤツのことを思い出しとんやろうって、今なら分かる。

 ななちゃんが彼女になってくれて、あの記憶は忘れたふりをしとったけど。今そうちゃんの言葉を聞いて、心臓を突き刺されたような気分やった。


 知りたくない。けど、知りたい。どんなええ男やねん。今でもななちゃんの奥底で残っとる、幸せモンは。

「……なあ、ななちゃんの学生時代ってどんな感じやったん?」

 突然、俺がそう聞くとそうちゃんは「ん?」と俯いとった顔を上げた。記憶を辿るように宙を見上げ、少し考えて……ふっと笑った。

「菜々は真面目で大人しくて、頑固で天然で……すげーカッコいいやつだったよ」

 きっとコイツの中には、どの時代、どの季節にも数えきれんくらいのななちゃんがおって、俺に話すには言葉は足らんやろう。……俺、アンタになりたかったな。思い出の数は、幼馴染になんか敵うわけないやん。

「……そうなんや」

 昔のななちゃんを思い出して懐かしんどる。俺にあるのはほんの少しの記憶。コイツは人生のほとんど、ななちゃんで埋め尽くせとるんやから、ホンマ羨ましい。

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