第48話


「万が一のことがあったらアカンから、スマホはなるべく使わんと充電置いときや。何かあったらすぐに俺に電話な?」

ふいに不安が頭ん中を支配したけど、それを悟られんように冷静を装う。そして、念のため。ななちゃんにも言い聞かせとこ。

「……橘に指一本でも触れられたらすぐに電話やで?」

納得してへん、ってことなんか、無言のまま通話が一方的に切られた。

数秒前に「無駄遣いするな」って自分で言った手前、かけ直すのはやめた。


……ななちゃん、待っとけや。

すぐ迎えに行くから。ななちゃんを助ける王子になれる日が、来た。

ここで本気出さな、いつ出すねん。



すぐにななちゃんの居場所を探し出して、警察やら何やらに電話する。その現場には無理言うて俺も同行させてもらった。

車ん中で無事を祈りながら待っとったら、幸運にも思ったより早く二人が見つかったと伝えられて安堵した。これで、震える手も、少しは治るやろうか。


「女性の方が無事に救助されましたよ」

救助隊の人がそう言いに来て、考えるよりも先に体が動く。

半ば走るように二人が落ちたっちゅう崖に近寄れば、安心したからか座り込んでるななちゃんの後ろ姿。


崖下からはちょうど橘が救助されて引き上げられたところみたいや。苦笑する橘と目が合う。

すると、ななちゃんがキョロキョロしはじめて。──探しとるのが、俺やったらどんだけええか。


「ななちゃんッ!!」

思い切り叫んだ俺の声が届いて、一瞬びくっとその背中が揺れた。

「……晴」

振り返ったななちゃんは、俺を見て──泣きそうに顔を歪めた。


ただ、真っ直ぐに。

俺はいつだって、あの子んとこに一直線やから。

俺の行き着くとこは、そこしかないねん。


「ななちゃん……っ」

久しぶりに息を切らして、ななちゃんのとこへ走り寄る。顔見たら、ものっすごい安心して、不覚にも目が潤んでしもた。涙が溢れんように必死で唇を噛み締める。

何も言えんくなった俺に、ななちゃんがゆっくりと立ち上がって──俺の胸ん中に、飛び込んできた。


「なな、ちゃん……」

一気にフリーズして、さらに何も言えんくなる。誰よりも愛おしい存在が、腕の中で。俺からじゃなく、初めてななちゃんの方から抱きついてくれた。大袈裟やなく生きとってよかったって思えるわ。たとえこんな、不安定な感情のままに来てくれたとしても。

「うわーん!!」

俺の胸の中で、泣きじゃくるななちゃんは年上になんか見えん。縋るように力がこもった腕さえ、愛おしい。

「ホンマに、よかった……っ」

喜びを噛み締めて、ななちゃんの背中に腕を回す。その存在を確かめるように、キツくキツく。

何度も名前を呼んで、呼ばれて、その度に安心できた。


「“絶対、大丈夫や”って思っとっても……もう会えんかったら、どないしようかって……っ」

どんだけ「大丈夫や」って言い聞かせてもどこかに不安が残っとって、もやもやと胸の中が煙たかった。


「ななちゃんがおらん世界で、どうやって生きたらええんやって、そんなことばっかり考えて……っ」

一度考え出したらキリがなくて、一人、涙を流したのは誰にも言えん。


……ホンマに、どんだけ重いねん俺。


ななちゃんはそんな俺を慰めるように、安心する手で背中を撫でてくれた。

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