第38話



 私を強く抱きしめた晴が、その細すぎる身体で私を持ち上げた。どこにそんな力があるんだろう。そしてそのまま寝室に運ばれて、ベッドの上に壊れ物を扱うかの如くそっと降ろされる。


「──ななちゃんの、一番近くにいきたい……」

 熱のこもった視線が私を射抜いくから、心臓が音を立てた。

「ん……」

 ちゅ、と触れるだけのキスをして、私の髪を耳に掛ける。

「俺……幸せすぎて、死にそうや……」

 今まで以上に──いや、私が気づいていなかっただけかもしれないけど──慈しむような表情。私だけに向けられるのはもったいないくらいの。


「この先一生、他の男になんか触らせへん……俺だけのモンや……」

 再び深く深く口付けられて、もう一生分のキスをした気分だ。

「アカン……もたへんわ」

 素肌に手が触れて指先でなぞられると、ゾクゾクする。ゆっくりと暴かれていくようで恥ずかしかったけど、どんどん溢れ出すのはただ“愛おしさ”だけだった。



 終わりの見えないほどの愛情が降り注いできて、涙が出そうになったとき。ふと晴の顔を見上げてみれば、彼も同じだった。

「……また、泣いてる……」

 私が指摘すると、ちょうど瞬きをして雫が落ちてきた。泣いているのに、なぜか晴は笑っていて。

「当たり前やろ、世界で一番欲しいモンが手に入ったんやで?世界中の人に見せびらかして、叫びたいくらいや。自分が幸せすぎて泣くなんか、思ってへんかったわ」

 へへ……とはにかむ晴は本当に幸せそうで、もっと早くに答えを出してあげればよかったと、少しだけ後悔した。




「俺、ななちゃんの王子になれた……?」

「王子?」

 晴の腕枕でうとうとしていた時、そう問いかけられて首を傾げた。なんの話?

「言うとったやん。いつか、王子様が迎えに来てくれるから、それまで待つんやって。少女漫画の王子様みたいな人が好きやって言うてたやん」

「……よく覚えてるね」

 そういえば5年前にそんな話をしたような気がする。子ども相手だったから適当に言ったような……それは黙っておこう。

「そらそーやん。初恋の人の理想のタイプ、忘れるわけないやろ?俺はその“王子”になりたくて必死やってんで?」

 疑っていたわけじゃないけど、やっぱりそんなに前から私だけを見てくれていたんだと実感する。晴からの好意を拒否する理由がなくなったんだから、素直に喜んでおこう。

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