第28話


「……マジで焦ったわ」

 夜風をきって歩く晴についていくので必死になって、彼の呟きは聞き逃してしまった。


「ねえっ!ちょっとスピード緩めて…」

「あ、ごめんな」

 私のお願いをすんなり聞いて、歩く速度を落としてくれる。……優しいんだよ、ちゃんと。嫉妬心はえげつないけど。掴んだ手は、未だに強く握られているし、軽く息を切らす私はほとんど引きずられている状態だ。


「……月がキレイやな」

 私の手を引っ掴んで、強引に連れて行く晴。そんな横暴な行動と、なんともロマンチックな台詞のギャップが……腑に落ちない。

「……手が届かないから、綺麗に見えるだけだよ」

「ホンマ、つれんなあ……」

 こちらを振り向いて、少し寂しそうに笑った。さっきまでの強気な態度はどこへ行ったのだろう。


「……ななちゃん」

「なに?」

「……やっぱりアホくさいセリフは合わんわ」

 繋がれた方とは反対の手で頭をガシガシとかいてフーッと息を吐く。かの有名な夏目漱石の伝説的な名台詞を“アホくさい”なんて言えるのは晴くらいじゃない?

 そんな彼は私の指と自身の指を絡めたかと思うと、こちらに向き直る。

「……好きやで、ななちゃん」

 独特のイントネーション。綺麗すぎる瞳。整った顔立ち。

 もう何度だって伝えてくれたその言葉。

 記憶を辿ってみても、いつだってその真剣な目は変わらない。


「……うん」

 何度だって「ごめん」と返したけれど。今日はちょっと、そんな気分じゃないらしい。

「ななちゃん!?」

 ほら、こいつが期待を込めたキラキラした目で見てくることも簡単に予想できたというのに。

「俺、好きやって言うたで!?」

「うん」

「『うん』ってなんやねん!いつも『ごめん』やん!」

「うん」

「期待させんといてや!ホンマしんどい!!心臓バクバクなんやけど!」

「……さ、家で飲みなおそー」

「スルーすんなや!!」

 私の周りをうろちょろと纏わりつくペットみたいな少年は、とても彼氏になんてできそうにないけれど。


 見上げた月は、たしかに綺麗だった。

 ああ……ホント、“あほくさい”な。

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