第26話


「あー、早く結婚したい」

 カクテルの入ったグラスを置いて机にうなだれる。このセリフは酔ってきた時の合図のようなものだ。向かいに座るそうちゃんは「また言ってる」とビールを流し込んで笑った。


「ななちゃん、いつ入籍するぅ?」

 私の隣は絶対に譲らなかった晴がほろ酔いでニコニコしている。珍しいな。一緒に飲みに行くのは初めてだけど、本人からお酒には強いって聞いていたのに。


 顔色は変わってないけどずっと眉間にしわを寄せて睨みを利かせていたのに、さっきから締まりのない顔でヘラヘラしているからきっと酔っているんだろう。



「……そうちゃんは、そんな浮いた話ないの?」

「ないわ。……俺、絶賛失恋中だし」

 その言葉には心底驚いた。目の前の幼馴染はその整った顔から学生時代もちろんモテていた。私が知る中では女の子に興味がないって感じで、彼女がいた気配はなかったけど。


「好きな人がいたの?」

「……もう20年以上な」

 ええええ!!ってことは絶対私も知ってる子じゃん!!


「え!誰!?」

「……この期に及んで気付かないお前の鈍さが怖いわ」

 ものすごく貶されているけど、それよりも相手が気になる!前のめりでそうちゃんに詰め寄ると、大きく息を吐き出した。


「ばーか、よく聞いとけよ」

 人差し指で私のおでこを強めに押すと、口を開く。小さな頃からの知り合いの名前を、頭の中に並べながらどんな名前が飛び出すのかと身構えてしまう。



「あーアカン!吐きそうや!!」

 今まで静かだった隣の晴が突然大声を上げた。今いいところなのに!!

「え!やめてよ大丈夫!?」

 慌てて机に突っ伏す晴の背をさすってトイレに促すけど「歩いたら出る」と言って動こうとしない。


「……マジで番犬かよ」

 私は気付かなかったけど、向かいでそうちゃんが頭を抱えて項垂れていた。

「……治った」

 ほんとかよ!!!まあひとまず安心。……だけどそれも一瞬だった。


 前に向き直って油断していた私の左手を、そうちゃんに見えない机の下で晴が握る。握るどころか、指を絡めている。なんだかイケナイことをしているみたいな緊張感と恥ずかしさが全身を熱くさせた。

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