肆、違い
強制的に王城へ住むことが決まってから、私はひたすら書庫で瘴気を消す方法を探した。それらしいことが書いてあれば必要な薬草を調合し、魔法をかける。だけど失敗が続き、悔しい日々が続いたが、薬を作る者として屈してはなるまいと闘争心が沸き立つ。
その間にもダンスレッスンやら王妃教育やらが入れられたりと、若干不本意な生活を強いられていた。しょうがないわ、希少な薬草を使わせてもらっている代償だと思えばいいのよ……。
「毒と毒をかけ合わせれば薬になる……か」
正攻法が駄目ならと、裏の手を探し始めた。薬草×薬草での薬の知識しかなかった私は、王城で初めて見る本を呼んで、毒×毒の組み合わせの薬があることを知った。だからといって毒草は庭園に少なく、難しくて調合の段階で失敗する。ものっすごい異臭になり、王城の侍女たちから何度怒られたことか。
「リーナ、薬の進捗はどうかな?」
数日ぶりのデライドとのティータイム。隣に座り、優雅に紅茶を飲む彼に私は頭を下げる。
「申し訳ありません。まだ見つかりません……」
「そうか……。でもそれとは別に、君は僕との結婚の話を蔑ろにしてはいけないよ?薬の開発に没頭しすぎて僕のことを忘れていないかい?」
「いえ……。ん?デライド様、二重の幅が広くなりましたね?」
デライドの横顔を見てふと気づく。幼い頃に会ったデライドは、瞳は大きいけど二重幅が狭かった。大人になったせいか、その幅がくっきりと太く広くなっている。私はデライドの顔を横から覗き込む。
「そうか?僕の顔をよく見てくれているのか?嬉しいな、リーナ」
「っ!」
スッと伸びた彼の指が私の顎を支え、顔を近づけられる。その端正な顔立ちは幼い頃そのままだ。だけど二重幅は本当にこんなに広くなかったと思うんだけど。鼻先が触れそうなほどに顔を近づけられ、あまりの美しさに心臓の音が大きくなってしまう。美しい顔の人には慣れていないのよ……。
「ち、近いです……。でもやっぱり、幼い頃と全然違いますね」
私の言葉に、彼はパッと手を離した。そして正面を向いて紅茶を飲み始める。
「それより、さっき毒草の話してたよね?」
「あっはい。毒草の掛け合わせでもしかしたら新薬ができるかもしれないと書物に載っていて。ですが庭園には植えられていないものもあってなかなか実験が出来ないんです」
いくら書物があっても、実際調合して魔法をかけなければ成功するかわからない。まだ試せていない毒草がたくさんある。それを訴えると、デライドは顎に手を当ててうーんと唸ったあと、思い出したかのように口を開いた。
「あそこならあるかも」
そう言われて連れられてやってきたのは、もっと奥にある中庭のようなところだった。騎士が立ち、簡単に人が入れない状況を作っている。中に入れば、私が一瞬で鼻息が荒くなるほど興奮する毒草のみが植えられている場所だった。
「ここのも自由に使っていいよ。あ、リーナも知ってるよね?僕の好きな花だよ」
彼が指差した先を見ると、一番奥のほうに、他の花たちとは少し間を空けてバルバリエラの花が咲いていた。幼い頃、デライドはいつも庭園でこの花の前のベンチに座っていた。デライド、この花の香りが好きだもんね。懐かしいわ。
ここの毒草の使用許可をもらった私は再び部屋に閉じこもって書物を片手にひたすら調合しまくった。
なぜか、会ったこともないヴィンバートのために、寝る間も惜しんで作っていたのだ。何か、使命感を与えられたように。
しかし瘴気に効く薬は出来ない。そもそも瘴気を持って生まれることがめったに無く、過去にも稀な出来事だ。本には“生き延びても25歳までが最長”、“原因は瘴気で間違いない”、そして誰も治せずそのまま亡くなってしまったとしか記載がない。だから症状に合わせた薬を調合しているのだけれど、いざ『瘴気が消えるように』と魔法をかけると失敗する。
頭が疲れてきた私は息抜きで別の薬を作れないかと思い、書物を参考に毒草×毒草で調合を始めた。すると恐ろしいほどに次々と新薬が生み出される。薬草×薬草でも存在する薬ではあったけど、毒草×毒草の組み合わせで作るのは初めてだった。
“ストレス性のハゲに聞く薬”、“即効性胃腸薬”、“不眠改善薬”、“媚薬”、“男性が元気になる薬”
……ってこれ全部歴代の国王のための薬じゃないの?!
暗にそういう薬になるよう、あえて薬名を書かずに書物に残したとしか思えないわ!
しかし、最終的に私が魔法をかけているわけであって、私が生み出したようなものでもある……。
特に、最後の“男性が元気になる薬”を王城の薬師に渡したとき、何とも言えない苦い顔をされた。いやいや、私が作りたかったわけじゃないから!別に誰かのために作ったわけじゃないからね!違うからね!と必死に弁解した。あの若い薬師、絶対に何か勘違いしているわ……。
しかし、1ヶ月ちょっとでこれだけ新薬が開発出来た私、凄くないですか?誰か褒めてほしいんだけどな?
「リーナ、君はやっぱりすごいね!」
「デ、デライド様……苦し……」
褒めてくれとは口にしなかったけど、デライドとのティータイムで新薬の説明をしたら思いっきり抱きつかれた。ギュウギュウと腕に抱かれ、苦しさと嬉しさが交じる。褒められるのは悪くない。
「僕達のために作ってくれたんだろう?」
「え、何をですか?」
「“媚薬”と“男性が”ーー」
「違います!!」
急激に顔が真っ赤になる自分が恥ずかしかった。どうしてそう解釈した?!
というか、やっぱり目の前のデライドは私が知っているデライドではない。ためらいもなく私を抱きしめるような人じゃない。こんなにも変わってしまうものなのだろうか。彼の腕から抜けると、弟のことについて尋ねる。
「あの、ヴィンバート様って王城から出たことあるのですか?」
「急にどうしたんだい?」
「いえ、気になったので……。庭園とか」
「僕の知っている限り、出たことはないよ」
「でも外の空気を吸うくらいはありますよね?」
「なんでヴィンバートのことばかり気にするの?」
隣に座っていたデライドは、距離を一気に縮める。腕と腕が触れる距離まで来ると、私の肩に手が伸びた。
「僕はリーナと結婚したいんだよ?なのに弟のことばかり気にされちゃうと困るなぁ。会ったことないんでしょ?」
「そうですが、やはり苦しんでいる人が近くにいるのは薬を作る者としていたたまれないというか……」
「じゃあ僕達の約束を破るの?弟のほうが気になっちゃったの?そんなの許さないよ?」
横からぐいっと顔を覗かせてきたデライド。その顔をじっと見ていると、違和感に気づいた。
「あれ?デライド様。眉毛の中にホクロありましたよね?」
昔、デライドと話していたとき。顔を見るとほんの小さなホクロが眉毛の中に隠れていて、可愛いなと思っていた。
ホクロが大きくなってから取れるわけがない。
「気のせいだろう?」
「いいえ、小さいですがありましたよ」
「そんなものはない」
近づけていた顔を離し、それ以上はこの話題を続けなかった。
「明後日は仮面舞踏会だ。忘れるなよ?一緒に行くからな」
そう言ってデライドは部屋を出ていった。
私は部屋で一人、考える。
デライドと再会したとき、確かに私は過去に会ったデライドだと思った。だって髪の色も瞳と色も、顔の雰囲気も同じだったから。だけど彼の顔を見れば見るほど、デライドではないような気がした。ホクロがあったのだって、間違いないはずなのに……。私はいつもその可愛らしいホクロを見るのが好きだった。
だけど弟のヴィンバートは庭園にも来ていないって言ってたのよね。
それは……本当のことなの?
もしかしたら……。
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