参、願い


「……もし僕が元気になって、みんなの前で名乗れるようになったら。僕が20歳になって、リーナにまた会えたら……僕のお嫁さんになってくれる?」


「えっ!」


 突然の結婚の話に驚いてしまったけど私はデライドが大好きだ。だから全然嫌じゃなかった。むしろすごく嬉しかった。

 憂いを帯びた瞳で私を見るデライド。そんな不安にならなくても大丈夫よ。答えはもちろん決まっているわ。

 ……でも私は薬を作り続けたいという夢もある。


「薬草育ててもいい?薬を作る時間くれる?」


「うん、いいよ。結婚したら、薬を作る時間も作るし、庭にリーナの好きな薬草全部植えていいから」


「やったぁ!デライドと結婚するわ。私に出来ることなら何でもする!必ずまた会うのよ」


「約束だよ!絶対だよ?また会うっ……ゲホッゲホッ……」


 再び咳が止まらなくなった彼は、私が付き添うことを断り、胸に手を当てて一人で庭園を去っていった。その背中を見つめ、姿が見えなくなると急に寒気が襲う。もうデライドと会えないような、そんな悲しい気持ちが体中を埋め尽くし、お父様が迎えに来るまで私は動けなくなってしまっていた。


 それ以来、薬は症状に合わせたものだけを作って送るだけになり、お父様が王宮へ行かなくなったため、私も行けなくなった。

 デライドに会えないのがとても悲しかったけど、彼がそう決めたんだ。また会うって約束をした。だから私はそれを信じる。二人だけの合言葉を寝る前に呟き、寂しさを紛らわせた。

 というかそもそもデライドの年齢を知らなかった。年下よね、多分……。


 ……あれ?彼が大きくなって、やっぱり結婚しませんとか言い出したらどうしよう。

 そんな悩みも持ち始めた私だったけど、そんなことない!と期待を心に秘めて私は新薬の開発に没頭。いつかまた彼に会ったときには、成長した自分を見せたい。彼と共に生きるため、努力を積み重ねた。パーティーも行かず、とにかく薬を作る日々を過ごしていた。


 ーーーーー


 あれから10年が経ち、なんだこの状況は。


 デライドは自分の家のことを“偉い家”って言ってたけど、予想以上の偉さだった!一番偉い家!!

 なんとなく国王陛下とお父様に説明をされたがまだ混乱中だ。今はデライドと二人でお茶を飲んでいる。しかし落ち着かず、ティーカップがすぐに空になる。デライドは今後の生活を説明する。


「これから2か月間ここに住んでもらって、最終的にリーナの意見を聞こうと思っているんだ。ああもちろん意見は聞くけど、結婚反対の意見だけは聞かないからね?」


「どういうことですか?」


「だって僕と約束したじゃないか、何でもしてくれるって。20歳になったら結婚しようって。僕あと2ヶ月で誕生日なんだよ。20歳で国王は代替わりするから」


 もはや断れる雰囲気ではないことだけは察する。


「リーナは他の男性と出会わないためにパーティーに出なかったんだろう?僕のために。だってリーナは可愛いからパーティーに出たら他の男性に言い寄られちゃうもんね」


「違います」


「いいよ謙遜しないで」


 話が通じないんですが。

 パーティーの招待状が来るときにはいつも新薬があと一歩で完成しそうな状態だったのだ。そんなもん行く暇あったら、早く新薬を開発して世の中に出回らせたい一心で全部行かなかった。幸い、薬を作るスコットレイス公爵家は特別だからこそ許されていたらしい。

 デライドのために私自身を成長させたかったのもあるけど、まさかの大きな誤算!


「あの……本当にデライドなのですか?」


 私は恐る恐る尋ねる。あんなにもひ弱に見えたデライドが、血色も良く、たくましく、凛々しくなっているのだ。身長は頭一つ分大きくなっている。年下だと思っていたのに、実際は2つも上だった。


「その名は隠し名で、一部の人しか知らないんだよ。だから他の人がいるときはジルジートと呼んでほしいな?」


「そ、そうですか……」


「そんなに固くならないでよリーナ。昔はあんなに仲良く話していたじゃないか」


 ニコニコしながら再会を喜んでくれているけど……。そんなこと言ったって、あの子がまさか王太子だとは思わなかったんだから!普通にどこかの貴族の年下の男の子だと思って、馴れ馴れしく話してしまったわ!


「2ヶ月後に正式に婚約して、即位式と結婚式の準備をしなくちゃ。ゆっくりこの10年間の距離を縮めていこう?ね、リーナ?」


「……は、い……」


 否定をするなと言わんばかりの顔で見られ、私は頷くことしか出来なかった。


 次の日、二人でのティータイム。弟の病気の説明があるということで呼ばれたのだ。私は一つ聞きたいことを尋ねてみる。


「デライド様の弟はお名前をなんと言うのですか?」


「名前はヴィンバートだ」


 デライドは弟の隠し名を言わなかった。だから私も深くは聞かなかった。


「薬は作れたのでしょうか?」


「いやまだだ。ちょっと特殊な病でね」


 そう言うとデライドは侍女たちを下げた。その行動に、ただならぬ病なのだと察する。


「君の父上にもかなり無理をさせているのだが、未だに調合できる薬草が見つからない」


 小さくため息をついた彼は、私へとその真っ赤な瞳を一直線に向けた。

 病気を治す薬はたくさん出回っている。先天性の病気も、重病も、スコットレイス公爵家から様々な新薬を生み出しているはずなのに。それすら効かないのだろうか。


「リーナなら、もしかして新薬を作れるんじゃないか?もし出来るのなら、弟のために薬を開発してほしいんだ。ああ、王城の庭園にある薬草は全部使っていーー」


「やります!」


 食い気味に反応してしまった。

 だけど、今まで誰も開発出来ていない新薬を作るという魅力が私の感情を高ぶらせた。しかも希少な薬草を使い放題!こんな高待遇、ある?!やりたいに決まってるじゃないの!


「ヴィンバート様に会わせていただけますか?まずは症状が知りたいです」


 症状がわからなければ何もできない。だからそう聞いたのだが、一瞬デライドの顔が強張ったのに気づく。すぐに笑顔になったが、何かあるのだろうか。


「それは、出来ないな」


「感染症ですか?」


「いや、そういうわけではない。……弟が君に惚れてしまったら困るしね。僕が嫉妬しちゃうよ」


 苦笑いをし、頭をかくデライド。しかし今の言葉は本心には見えなかったし、そもそも双子の弟が病気で苦しんでいて未だに見つからない薬を開発する話をしているのに、そんな冗談言われたのは癪に障った。治してほしいわけじゃないの?

 薬を生み出す者として、長年病気で苦しんでいる人がいるのに冗談など聞きたくない。


「……私はヴィンバート様の病気を治したいので正確な情報がほしいのです」


 少しだけ冷静に、低めの声になってしまったが、私はデライドへ告げた。その様子を見て彼が慌てる。


「ごめんよリーナ。でも会わせられないんだ。ちゃんとヴィンバートの症状は説明するよ」


 その後デライドから、弟ヴィンバートの症状を聞く。

 症状というよりも、瘴気が原因らしい。それにより体が弱くなり、呼吸器や内蔵系も弱く、長い時間歩くことや立つことができないそうだ。


「んー、瘴気ってどちらかといえば感染するものですよね?」


「ああ、そうなんだ。だがヴィンバートは体内にその塊のようなものを宿して生まれてきてしまっていて、瘴気は周囲に放出しない。だがその代わり、中で溜まり続けて体を蝕んでいるんだ。体から出てくれれば父上の魔法ですぐに消せるんだが、体内だと人体まで破壊しないといけない」


「そう、ですか……」


「王城にある書庫を自由に使っていいよ」


「本当ですか?ありがとうございます!」


「僕達の結婚の話も進めなくちゃいけないよ?だって僕達は結婚するって約束をしたんだからね」


「……」


 髪をかきあげ、ニッコリと微笑むデライドの顔に、少し違和感を感じた。



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