第40話 届かない思い(2)

 元気なったピンクスライムを手のひらにのせて立ち上がる俺。

 いまだに裸のフルちんのままである。

 仕方ないじゃないか!

 こんな戦場で身に着ける者なんて、早々見つかるものでもないし。

 まぁ、俺も元気、スライムも元気、下半身も元気! みんな元気でいいじゃないか!


 そんな俺にタオルが一枚突き出された。

 そのタオルにはピンクのうさぎちゃんが描かれていた。

 このタオルは、アリエーヌのお気に入り……


 確か魔王討伐に出かける数週間前の事だった。

 学校の校庭に迷ったペンギンが入ってきたのだ。

 どこぞの川にでも落ちたのかずぶ濡れである。

 いや、ペンギンだからそもそもずぶ濡れであっていいのだ。

 だが、アリエーヌは心配したのか、そんなペンギンの体を拭き始めた。

 ペンギンは嫌がるようでもなく、アリエーヌに身を任せる。

 だが、次の瞬間、アリエーヌの手のタオルを咥えると、パタパタと走り出す。

 懸命に追うアリエーヌと俺。

 だが、草むらに入りこんだペンギンの姿は見えなくなってしまった。

 お気に入りのタオルを必死で探すアリエーヌ。

 だが、俺とアリエーヌ以外、探そうとしなかった。

 たかがタオル一枚に必死になる姿は、周りの目から奇異にみられた。

 これでもアリエーヌはキサラ王国の第七王女である。

 タオル一枚、また買えばいいじゃないかと思うのは当然である。

 そのため、ばかばかしくて誰も手伝わない。

 だが、俺は知っていた。

 このタオルがアリエーヌにとって、特別なタオルであることを。

 なにせ、このタオルは父である国王から直にもらった唯一のプレゼントなのである。

 そう、アリエーヌにとって、父との唯一の絆なのだ。

 四つん這いになりながら懸命に探す。

 俺はそんな突き出された女子中学生のお尻が可愛かったのを覚えている。

 だが、尋常ならざるアリエーヌの探す様子を見つけて、取り巻きたちがようやく集まってきた。

 皆で懸命に探したが、それでも見つからない。

 夕方になり、寄宿舎の門限が近づいた。

 そんなアリエーヌを取り巻きたちが、必死になだめる。

 「たかが、タオルじゃないですか……」

 「あした、私のお気に入りを姫様にプレゼントいたします」

 何も答えないアリエーヌは、泣きじゃくりながら寄宿舎に戻り始めた。

 えっ? 俺?

 俺は食堂の冷蔵庫の中を密かに漁っておりました。

 何か食べられるものはないかなって……


 翌朝、アリエーヌは朝一番で、教室に入る。

 おそらく、授業開始までの時間で、タオルを探そうというのだろう。

 しかし、アリエーヌの机の上にはお気に入りのうさちゃんのタオルが少々汚れて置かれていた。

 アリエーヌは、ギュッとタオルを抱きしめる。

 その目からは大粒の涙が落ちていた。


 なんで、俺がそんなことを知っているのかだって?

 だって、俺は、その教室ですることもなく、机に脚を乗せてふんぞり返っていたのだ。

 そんな俺の頭にはたんこぶが一つ。

 寄宿舎の門限を破って朝帰りした俺は、寮長に拳骨を食らった上で、部屋には入れてもらえなかった。

 クソ寮長が!

 部屋に帰ることもできない俺は、仕方なしに教室で授業が始まるのを待っていたのだ。


「これは、マジュインジャー、お前が見つけてくれたのか?」

 アリエーヌは、俺に声をかけた。

 というのもこんな朝早くの教室には俺しかいない。

 だから、タオルを置いてくれたのは俺なのではないかと思ったのだろう。

 しかし、俺はしゃべらない。

 ただただ、黙って天井を見上げているだけだった。

 というのも、なんだかしゃべる気がしなかったのだ。

 そして、ふがいない自分を後悔していた。

 もっと早く見つけていれば……

 俺の泣きはらしたかのような赤い目をみてアリエーヌは、そこで言葉を止めた。

 だが、よほど気になったのだろう。

「マジュインジャー、お前、制服はどうした……?」

 そう、その時の俺は、白いワイシャツだけ。

 黒の制服を身に着けていない俺は朝日が差し込む教室で白く輝いていた。

 

 まぁそれは仕方ないのだ。

 皆が寄宿舎に帰った後、俺はアリエーヌのタオルを盗んだペンギンを見つけるため、ある秘策を思いついていた。

 食堂から盗み出した生のアジやサバを校庭においてペンギンが戻ってくるのを待ったのだ。

 この魚の匂いにつられて戻ってきたところを、仕掛けたロープで捕まえてタコ殴り! タオルのありかを吐かせるという算段だ。

 俺って賢いだろ!

 そんなペンギンがやってくるのを夜通し待っていたのだ。

 明け方近く、案の定戻ってきたペンギン。

 ロープで逆さづりになったペンギンは、必死でもがく。

 そして、先ほど食べたサバやアジを口からボトボトと落としていた。

「このボケペンギンが! アリエーヌのタオルをどこにやった!」

 しかし、ペンギンが答えられるわけではない。

 テイムでもすれば、なんとなく気持ちが通じないわけでもない。

 すでに5匹の魔獣を従えて打ち止めの俺。

 果たしてテイムできるだろうか。

 だが、そうしないとタオルのありかは分かりそうにない。

 まぁ、ものは試しだ。

 俺は、試しに手をかざす。

「俺に従え!」

 その瞬間、テイムできちゃった……

 この時、気づいたのだ、テイムできる数が増えていることに。

 だが、その瞬間、俺に流れこんできた感情。

 それは、ペンギンの感情だった。

 ――助けて……

 それは、逆さづりにされた恐怖からのものではない。

 なにか、もっと切迫したものを訴えるような重たい感覚。

 逆さづりにされているペンギンの目から涙がこぼれているように思えた。

 ただならぬ雰囲気を感じた俺は、ペンギンの足からロープを外す。

 ペンギンは落ちたサバやアジを食らいなおすと、俺を導くかのように先を歩きだした。

 その後をついていく俺。


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