第32話 スギコとアキコ(7)

 そんな頃であった。

 ケロべロスの子犬が草原の真ん中で死んでいた。

 その首元には、スギコが愛用していた小剣が突き刺さっていた。

 その冷たくなった子犬の体を必死に呼び戻そうと、母親のケロべロスが必死に揺さぶる。

 だが、むなしく時間が過ぎるだけで、その体は、どんどんと固くなっていく。

 ケロべロスの遠吠えが草原に響き渡っていた。


 そんな悲痛な声を聞きつけたユウヤとスギコ。

 そんなスギコにケロべロスが牙をむいた。

 怒りの目でスギコをにらむ。

 低いうなり声が、スギコを威嚇する。

 小剣についていた匂いが、スギコのモノだったのだ。

 今にも襲い掛かりそうなケロべロスの目から、涙がこぼれているように見えた。


 ユウヤが止める。

「待て! スギコがこんなことをするわけないだろ……」

 懸命にケロべロスに呼びかける。

 だが、ケロべロスの怒りは一向に静まらない。

 そんな時、ヒドラが、間に割っている。

 そして、八本の首が一人の女を投げ出した。

 そこにはアキコの姿。

 ヒドラは、見ていたのだ、アキ子がケロべロスの赤ちゃんを刺すところを。

「もしかして……君なのか……」

 アキコは叫ぶ。

「私じゃない! 私が悪いんじゃない! その女が全部悪いのよ!」

「どういうことだい……」

「だって、ユウヤさん、その女と最近おしゃべりばかりして、私を見てくれないじゃないの……その女は、私を殺そうとした女よ! この楽園の敵なのよ! そんな女と仲良くしないで! その女をすぐに追い出してよ!」

 ユウヤは、何も言わずに、静かにアキコを見つめていた。

 そして、膝まづくと、アキ子を静かに抱きしめた。

「寂しかったんだね……ごめんね」

 ユウヤの胸にしがみつき泣き声を上げるアキコ。

 私はなんてことをしたんだろう。

 私は、自分のエゴのために、赤ちゃんを殺した。

 汚い……汚い……汚い……

 ひとしきり泣き終わったアキコをそっと離したユウヤは、ケロべロスへと向き直る。

「この子を許してくれとは言わない。でも、許してほしい……」

 頭を下げるユウヤ。

 ケロべロスは、悲しい低い声を出して、キビスを返した。

 そして、ゆっくりと去っていく。

 それ以来、草原でケロべロスの姿は見えなくなった。

 スギコは思う。

 全て私のせいなんだ……

 私が、ココに来たから、みんなが悲しむんだ……

 私が、殺してきたから、みんなが苦しむんだ……

 全部、私のせいなんだ……


 スギコは、それ以来、草原に姿を見せなくなった。

 だが、他に行く当てがないスギコは、草原の周りの森の中で、何をするでなく時間を潰していた。

 そんな時、川で女のすすり泣く声が聞こえてきた。

 手持ち無沙汰のスギコは、暇つぶしにその声を覗きに行った。

 そこでは、冷たい川に半身までつかり、必死で自分の腹を叩く女の姿があった。

 それは、まさしくエルフのアキコである。

 アキコは泣きながら自分の腹をたたきつづけているのだ。

 少々見ないうちに、何だかふっくらとしたような気がしないでもない。

「いや……いや……、ユウヤさん以外の人間の子供を産むなんて……いや……」

 アキコは泣きながら、冷たい水の中で懸命に腹をたたく。

 木の影に隠れながらスギコはその様子を見ていた。

 何時間も川の中で腹をたたくアキコの様子を……

 いつしかスギコは膝を抱えて泣いていた。


 おそらく、彼女は妊娠している。

 それも人間の子を。

 そう、街中で性奴隷として飼われていた時の人間の子供なのだろう。

 アキコにとって思い出したくもない過去である。

 その忌まわしい過去が、今、お腹の中で成長しているのだ。

 そして、目の前には、ユウヤと言う愛すべき人がいる。

 だが、ユウヤの子を身ごもりたくても、中の子供が邪魔をする。

 残酷な過去が、アキコをさんざんに苦しめるのだ。

 いまだ、解放することもなく、呪縛のようにまとわりつく。

 スギコは思う

 これじゃ、まるで私たちのほうがモンスターじゃないか……


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