第16話 今日から俺はマッケンテンナ(3)
「これどうしたの……」
久しく肉など食べたことがなかった俺は母に尋ねた。
肉を食べたのはいつ以来の事だろう。
たしか、家の前でイノシシが死んでいた時に、母が、見よう見まねで解体したとき以来だ。
しかし、猪の肉って硬いんだよね。
母の使う小さなナイフは、その皮にはじかれた。
頭にきた母は、小屋から斧を取り出して、めった切り!
おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!
いや切るというより、叩く! 叩く!
母はこれがイノシシのたたきだヨって言って、そのミンチ状の肉を俺の皿についでくれたものだった。
おいしかったな……
母はニコニコしながら答えた。
「これはね、ヒイロ、あなたが頑張ったからよ」
どうやら、ケロべロスの骨を街の道具屋に売ったようである。
「どう、これ! うちのヒイロがとったのよ!」
母は嬉しそうに道具屋のカウンターで、その店主を相手取り値段の交渉をしていた。
骨は薬の素材としても活用できるが、あれほど状態のいい骨、そうそう市場に出回らない。
「奥さん、これ凄いですね! ぜひ、うちで買い取らせてください。これだと、展示用でも欲しいという人がいるかも。というか、俺が欲しい! 1万ゼニ―でどうですか?」
道具屋は、目をキラキラさせながら母に頭を下げた。
でも、母は首を縦に振らない。
「これ! うちのヒイロがとったのよ!」
ニコニコしながら、母は道具屋の目を見つめた。
道具屋の顔が引きつった。
道具屋は、金庫からさらに札束を持ってきた。
「なら、に……2万ゼニ―でどうでしょう……」
遂に納得か!
2万ゼニーと言えば大金である。
今時の男の子の初任給1年分よりも多いのである。
こんな金額があれば、貧乏な俺たちの生活なら5年いや10年は生きていける!
母はニコニコ。
「これ! これうちのヒイロがとったのよ!」
以下、繰り返し……
遂に、母は10万ゼニーを手にして、帰ってきたのであった。
そういわれてみれば、部屋のあらゆるところに、今まで見たこともない紙袋や色とりどりの箱が置いてある。
おおかた手にした大金で、いろんなものを買ってきたのであろう。
これで不便な生活も少しは楽になるのかな。
だが、今日の母は、いつもに増してきれいである。
まるで貴族のお嬢様。
まぁ、プーア家も以前は貴族だったのである。
それ相応の格好をすれば、貴族に見えても不思議はない。
いつもは黒くよごれたスカートをはいている母。
そのスカートは、つぎはぎだらけの作業スカート。
常に母はそのスカート身に着けていた
いや、それしか着るものがなかったのだ。
それなのに、今日の母はレースをふんだんにあしらった純白のドレスを着飾っている。
さきほどから花のような香りがする首には、大粒の真珠のネックレス。
上品に肉を切り分けるナイフとフォーク。
それを握る手は、いつも黒ずんでいるはずなのに、今日は真っ白に磨き上げられていた。
そして、その細い指元には大粒の宝石がランプの光をまばゆく散らす。
もしかして、これ……ケロべロスの骨を売ったお金で買ったとか……
俺の顔が引きつった。
でも、10万ゼニーもの大金ですよ。
小さな家一軒買うことができるぐらいの大金ですよ。
さすがに全部は使えないよね。
俺は、ひきつる笑顔で母に尋ねた。
「お母さん……俺……明日も、お肉食べたいな……」
「ごめんね。ヒイロ。もうお金、残ってないの……」
………………
…………
……
なんですとぉぉっぉっぉ!
10万ゼニーの大金ですよ!
それを、たった一日で使ってしまわれたのですか!
母上!
それは、ないですよ……
というか、俺にはこの肉だけってこと?
頑張った俺には、この肉だけなの?
まぁ、たしかに頑張ったの俺じゃないけど……
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