第38話
「そんなことがあったのですか!? いや、我々は何も知らず、平和を貪っておったのか……」
村長のグンザさんにマリンローでのことを説明すると、彼は悔しそうに唇を噛んだ。
「知らない場所で何かが起こっていても、それを知る由は誰にもありません。グンザさんが気に病むことなど、何もないんです」
「しかし、マリンローは交流のある町だ。何か我らに出来ることでもあれば……」
「それならあります! 町の復興と、リデンとの取引にこの森の木が必要なんです」
そこでマリンローの町長に提案したことを、グンザさんにも同じように説明。
彼は「なるほど」と言ってから、森をぐるりと一望した。
「確かにこの森の木を間引きし、光が差し込むようになればモンスターも減るだろう」
「この森のモンスターが減り、弱体化も出来れば王国にとっても有難いですし」
「王都からは離れているだろう?」
王都からこの草原まで、徒歩だと一月と数日はかかる。俺がここへ来るまでもそれぐらい掛ったもんな。
草原が山脈にぐるりと囲まれる位置にあって、この山がある意味魔物の領域と人間の領域の境界線だ。
草原は人間の暮らす境界線の外側にあるが、それでもここは魔王領ではない。だけどその山脈を越えるとすぐに田園地帯が広がっている。
徒歩で数日は掛かるが、それは決して遠いとは言えない。
「なるほど。王侯貴族ではなく、国民の安全と言う訳か」
「民は国の宝。民がいない国など存在しないし、国を潤すのも民の力によるもの──というのが、フォーセリトン国王の口癖なんですよ」
「よき王だ。ではラルよ。我らはこの森の木を伐採すればよいのだな? そして川へ流せと」
「そうして頂けると助かります。ただどんどん流していくと、マリンローの方で回収が間に合わなくなりますから。一日数本が限界でしょう」
「はっはっは。張り切り過ぎては、水路を詰まらせてしまうな!」
その日、俺たちは蜥蜴人の集落に泊ることになった。
ダンダさんはツリーハウスに上るのが嫌だと言って、大木の根元にテントを張って貰い、そこで眠ることに。
このことで蜥蜴人が気を悪くする蜥蜴人もいなかった。ドワーフはその体格故か、高い所を怖がる──というのは、亜人の間では当たり前のような話だったから。
何より、彼をツリーハウスに上がらせたとき、床が抜けるのではという不安もあったとかなんとか。
ささやかな歓迎を受け、彼らから森の話をたくさん聞いた。
「え? では森の西側には、熊人の村もあるのですか?」
「うむ。だが我らとは縄張りの問題で、ほとんど関りは持っていないのだ」
「この森に暮らしているという事は、もしかしてカオス・リザードに……」
「可能性はゼロではないだろうな。蜥蜴人の里から差し出される生贄だけでは、奴の腹は満たされなかっただろうから」
そう言ってグンザさんの表情に影が差す。
辛いことを思い出させてしまったな。何か話題を変えなきゃ。
「村長よ。木を伐採したあと、川までどう運ぶのじゃ?」
「む? 手頃な長さに切って、それから川へ流そうかと思っているが」
「そりゃ勿体ないな。立派な木が多いし、できれば枝を落しただけでそのまんま送りたいがの」
「しかし川まで数百メートルはある。そこまで木を引っ張っていくのは、なかなかに骨が折れる作業だぞ」
確かにそうだ。
森の木は大きい。大きいからこそ、材木に適しているのだけれど。
ダンダさんには考えがあるようで、四、五日ここに泊ると言う。
それならとシーさんも残って、ダンダさんの用事が終われば一緒にキャンプに戻ると言う。
「そうだのぉ、六日後に迎えに来てくれ。まぁここで新しく筏を作っていくのもいいんじゃが、シーさんが持って行きたい荷物があるって言うからの」
「分かりました。アーゼさんはどうします?」
「俺は戻ろう。オグマにずっと任せっきりでは申し訳ない」
「では明日、俺とアーゼさんで先にキャンプに戻ります」
「という訳で、シーさんとダンダさんは数日してからこっちに戻って来るって」
「ダンダはあっちで何をするんだ?」
「木を楽に川まで運ぶための道具を作るって言っていたよ。それが何なのかは分からないけれど」
荷車は不向きだろうな。
蜥蜴人の集落までは、木が伐採されていて道っぽいものもある。だけど巨木の根や石なんかがたくさんあって、歩くのはいいが、車輪を転がすには少し整地しないと無理だろう。
いったいどうするのだろうか?
キャンプに戻ってきたが、ダンダさんがいない間、ただぼぉーっと帰りを待つわけじゃない。
彼に言われて建築予定地の整地はしておかなきゃな。
「じゃあ明日はこの縄を張った内側の草むしりからはじめよう」
「「はーい」」
こっちに戻って来たのは昼過ぎ。
整地するにはまず、そこの雑草をむしってしまわなければならない。
それを明日やって、それが終わったらクイに地面をほじくり返して貰ってから踏み固めて膠灰を流し込む。
「ダンダさんが戻ってくるまでに、二軒分終わらせるぞ!」
「「おぉー!」」
翌日からさっそく作業を開始し、アーゼさんの飼いロバも手伝ってくれて草むしりは半日で終了。
午後はクイに地面を掘って貰い、その間に俺たちは畑をどこに作るかについて話し合った。
「離れすぎていると、動物が草食モンスターに荒らされるかもしれない」
「そうね……水撒きのことを考えると、井戸から離れたくもないわ」
「いや。さすがに井戸水を畑の水撒きに使っていたら、水量が足りなくなるだろう」
「「うぅーん」」
とはいえ、川の近くだと家から遠くなるし、何より水を飲みに来たモンスターに踏み荒らされるかもしれない。
結局、川から溝を掘って貰わなきゃいけないのかなぁ。
それも視野に入れて、テントを張った場所から川のある方に向かって五十メートルほどの場所に畑を作ることにした。
それほど大きくなくていい。この人数分の作物が取れればそれでいいのだから。
日持ちする米や小麦なんかは、マリンローから仕入れればいい。
「肉は狩りでなんとかなっているけれど、そのうち家畜なんかも飼いたいですね」
「安定した肉の供給のためにか。しかしそうなると今の人数では……」
「家畜を飼うとなると、それこそ夜間のモンスターに警戒しないとならなくなるぞラル殿」
それもそうか……。
しかしずっとモンスター肉っていうのもなぁ。
確かに不味くはないけれど、普通に鶏肉とか豚肉、牛肉だって食べたいときもある。
あぁ、でも鶏はやっぱり必要じゃないかな。卵のために。
「卵料理……食べたいですよね」
「卵は貴重だ。そう簡単には手に入らないだろう」
「え? そうなんですか?」
アーゼさんはさも当然とばかりに言うが、見ればオグマさんやリキュリアも頷いていた。
「ラルは卵料理を食べたいのか? ならボクが森で探してくるぞ!」
「あなたひとりでは危なっかしいわ。あたいが一緒に行ってあげるわよ」
「いや、二人とも待って。卵を探すためにわざわざ森の中に行くのか?」
「え? だって卵は鳥が産むんだぞ。ラル、知らなかったのか?」
いや知ってる。
あぁ、そうか。
とりはとりでも、鶏がこっちにはいないのか。
鶏がいないっていうことは、養鶏もない。卵は野鳥が産み落としたソレだけか。
なるほど。
うん。養鶏をやりたいな。
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