第17話 悪役令嬢の助っ人
「貴族は敷地にオオカミなんか飼ってんのかよ」
「バカ言え! こんなでけぇオオカミがいるか!」
「じゃあコイツは何なんだよ!」
「まさか、精霊……⁉」
突然の大きな獣の乱入にうろたえる男たち。
いまなら逃げられるかもしれない、と思ったが、腰が抜けてしまったようで立つこともできなかった。
白いオオカミのような獣が喉を鳴らし威嚇すると、男たちはじりじりと後ずさりし始める。
「こんなの聞いてねぇぞ!」
「精霊がいるなんて、割に合わねぇっ」
獣がウォンとひと鳴きした瞬間、男たちは武器を頬り投げ、悲鳴を上げて脱兎のごとく逃げ出した。
助かった、と息を吐く私を、白い獣がくるりと振り返る。
(いや、全然助かってなくないこれ?)
むしろ絶体絶命のピンチではないだろうか。
獣が人を救うなんてことはまずない。幼獣のときに一緒に遊んでいたとか、昔ケガしていたところを助けてやっていた、なんて過去があれば別かもしれないが、生憎悪役令嬢のオリヴィアはそんなほっこりエピソードは持ち合わせていないのだ。
ということはやはり、助けてくれたのではなく、私を食べるつもりなのでは……。
(無理無理無理! 獣に食い殺されるなんて、絶対無理! ナイフで一思いにやられるほうがマシだったわ!)
こういうとき、攻撃系のスキルがあれば戦えるのに、と悔しく思う。毒スキルなどではなく、炎や風など一般的で汎用性の高いスキルがほしかった。切実に。
だがないものはないのだ。こうなったら、さっき積んだ毒草をまとめて獣の口に突っこんで——。
『毒草かぁ。食べられないことはないけど、くれるなら木の実のほうがいいなぁ』
「……えっ」
不意に高く愛らしい子どもの声が聞こえ、驚いて顔を上げる。
急いで辺りを見回すが、森には私と白い獣しか見当たらなかった。
「まさか……」
『あとねぇ、果物も好きだよ。でもすっぱいやつは、ちょっと苦手なんだぁ』
「……! 喋ってる! いま喋ったよね⁉ えっ!? この世界のオオカミって喋るの!?」
『オオカミじゃないよぅ。こんなにかっこよくて立派なオオカミいるわけないでしょお』
プスー、と白い獣が鼻を鳴らす。
怒ったかと思ったが、白いふさふさな尻尾は機嫌良さげに左右に揺れている。こんなに大きいのに、中身が子どものようで可愛らしく見えてきた。
「ええと……じゃあ、あなたは何者? さっきの男たちが言ってた精霊なの?」
確かオオカミの姿をした、フェンリルという水の精霊がいたはずだ。
だが目の前の獣はぶんぶんと首を横に振る。
『ちがうよぅ。僕は神獣』
「しんじゅう?」
『創造神デミウルさまの遣いだよ。デミウルさまが、君を手助けしてやれってさ』
「手助け……デミウルの、遣い……ああっ! 夢で言ってたやつ!」
あの不愉快な夢でデミウルが助っ人と言っていたのが、目の前の獣だったらしい。
(助っ人っていうか、人じゃないじゃん。獣じゃん)
ツッコミたいことは多かったが、とりあえずこの神獣とやらのおかげで助かったのだ。彼がいなければ、いまごろモブに殺害されバッドエンドを迎えていただろう。いや、乙女ゲーム的には悪役令嬢が死ねばグッドエンドかもしれないが。
「助けてくれてありがとう……ええと、あなたの名前は?」
『名前はまだないんだー。オリヴィアがつけていいって』
「ええ? あのショタ神、相変わらず手抜きしてるんだから……。じゃあ、そうだな、神獣だからシンちゃん? 何か幼稚園児っぽいな……。オオカミだからロウ? それはちょっとかっこよすぎか……うーん、よし! 真っ白だから、シロ! あなたはシロね!」
「わあ、安直~」
「文句でも?」
「べっつにぃ。じゃあ、名前もつけてもらったことだし、行こうか」
乗れ、とばかりに伏せるシロに首を傾げる。
「行くってどこに? 家はすぐそこだけど」
「君ってすぐ死にかけるみたいだから、もっと安全なところだよ」
いいから乗れ、と言われ、なんとか大きな背中によじ上った。
真っ白な毛はふわふわで、思わず顔をうずめたくなるほどだったが——。
「じゃ、落ちないようにしっかりつかまっててね~」
のんびり言うと、シロは力強く地面を蹴り、飛び上がった。
比喩ではなく、本当に空を飛んだのだ。
「う……っそでしょー⁉」
まったく予期していなかった空中散歩に、私は何度か意識を失いかけシロに「も~貧弱すぎ!」と文句を言われるのだった。
◆
眼下に見覚えのある風景が広がっているとわかったとき、どれだけ安堵したことか。
庭園を通り過ぎ、生け垣を越えた先、王宮側から自身の宮へ戻ろうとしているノアを見つけた。
「の、ノアさま~~~っ!!」
ハッとノアが辺りを見回すが、残念ながら地上に私はいない。
「こっちです~!」
「オリヴィア!?」
ノアが上空の私に気づくのと、シロが急降下するのは同時だった。
「きゃああああー!!」
あまりの恐怖にずるりと手が滑る。
今度こそ落ちた、と覚悟したが、途端にふわりと柔らかな風に包まれたのがわかった。
一瞬体が軽くなったのを感じた次の瞬間には、手を広げ待っていたノアに抱きとめられていた。
「ありがとうございます、ノアさま……」
「オリヴィア……君って人は、僕を驚かせる天才なのか?」
「うう……不可抗力です……」
今世でも前世でも、空を飛ぶなんて経験はしたことがなかったのだ。
ノアは私をギュウと一度強く抱きしめると、足がガクガクと震えている私に手を貸し立たせてくれた。
「これは……精霊? フェンリルか?」
警戒するようなノアの視線の先には、行儀よくお座りをするシロがいる。
褒めて褒めて、というような顔で長い尻尾を揺らすシロ。私が上空であれだけ死にかけていたのに、まったく気にした様子がない。なるほど、あのショタ神の遣いという感じだ。
『ちがうよー。僕はねぇ』
「あー! そうです! この子は精霊フェンリルです!」
慌ててシロの言葉を遮り誤魔化した。
咄嗟にフェンリルということにしてしまったが、丁度いい。フェンリルは水の上位精霊だ。下位精霊は人の言葉を理解できるだけだが、上位精霊は人語を操ることもできる。
王妃にこれ以上目をつけられない為にも、シロが神の遣いだということは伏せておきたいので、今後シロにはフェンリルとして振舞ってもらおう。
「フェンリルとは、こんなに大きく白かったか……?」
「せ、精霊にも人間と同じで個性があるのですね! 私も珍しい髪色をしておりますし!」
「ああ……確かに」
フッと青い目を細め微笑むノア。
見惚れていると、彼は私の髪をひとふさ手にとり、そこにおもむろに口づけた。
「君の髪は、誰より美しいな」
(あっっっっっまい!!)
甘すぎるノアの仕草に、きゅんとしすぎて心臓が飛び出るかと思った。
これで私が前世のアラサー女子の記憶などないただの貴族の令嬢であれば、完全に恋に落ちていただろう。まったく末恐ろしい十三歳だ。
「ところで……なぜ君がフェンリルに乗って空を飛んで現れたのかな?」
ぎくりと大きく肩が跳ねる。
「えっ。そ、それはですね」
「よく見るとドレスもあちこち汚れているじゃないか」
「あー。ええと……」
「説明してくれるね、オリヴィア?」
にっこりとそれはそれは美しく、しかし有無を言わさない圧を発するノアの笑顔 。
私は冷や汗をかきぶるぶる震えながら、どう説明するべきか頭をフル回転させるのだった。
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