第2話 全ては大好きな一二巳くんのために
一年でも数えるほどしかない心地よい朝。窓から吹き込む南風を頬に感じながら私、
今日も一二巳くんの寝顔可愛いなぁ……。
一二巳くんが気持ちよさそうに寝息を立てる姿を眺めていると、思わず頬か綻んでしまう。できれば、ずっとこうやって一二巳くんの寝顔を眺めていたい。
一二巳くんの寝顔をずっと独り占めしていたい。
そんな欲に襲われるが、私はパンパンと自分の頬を叩くと、綻んだ頬を引き締める。
ダメだよ私。一二巳くんはデレるメイドになんて興味がないんだよ……。
一二巳くんが大好きなのは、あのえっちな漫画に出てくるような、もっと意地悪で変態なメイドさんなんだよね?
私は本棚に歩み寄ると、その中から和食入門と書かれた書籍を抜き取り、それをパラパラと捲る。すると、そこには目を覆いたくなるような刺激的でえっちなメイドさんのあんな姿やこんな姿が描かれていた。
何度見てもえっちな漫画だなぁ……。
正直なところ初めてガスメーターの中から漫画を見つけたときは、心臓のドキドキが止まらなかった。もちろん年頃の一二巳くんがえっちなものに興味があるのは知っていたけど、まさか一二巳くんが、女の子にイジメられるのが好きだったなんて思ってもみなかった。
正直なところ信じたくもなかった。
だってこれ、変態さんが読むような漫画だよ?
確かに一二巳くんは年頃の男の子だけど、普通の男の子はここまで変態さんな漫画は読まないよね?
だから初めは前に住んでいた人が忘れていった物なんだと、無理やり考えるようにした。
だけど、この漫画を見つけた次の日、この漫画の二巻が新しくガスメーターに隠されているのを見つけた。
一巻を読んで気に入っちゃったんだ……。
しかも今度はしおり代わりにブックスオフのレシートが挟まれていて、そこにはその日の日付が印字されていた。
それでも私はまだ現実を受け入れることができなかった。信じたくなかった。一二巳くんがメイドにイジメられて喜ぶような変態さんだなんて信じたくなかった。だから、私はここに引っ越してきて一度も一二巳くんが開いているのを見たことがない六法全書に、ネットで注文した小型カメラを仕込んであえて一二巳くんを部屋で一人にしてみた。
そしたらカメラには目を覆いたくなるような一二巳くんのあられもない姿が映っていた。
そんな一二巳くんの大人の姿を眺めながら私は思った。私、一二巳くんのことを理解しているつもりで全然理解していなかったんだって。だからその日から私はありとあらゆるえっちな漫画を勉強のために読み漁った。
そして、私は一通り読み終えたところで、なんとなくだけど一二巳くんがどんなメイドさんが好きなのかを理解することができた。
そして、私は決意した。
一二巳くんにとって理想のメイドさんになってあげよう。そしたら、一二巳くんは私のことを好きになってくれるかもしれない。
本当はもっとデレデレしたい。ときには一二巳くんに甘えながら、ずっと一二巳くんのそばにいたい。
だって私は一二巳くんのことを幼い頃からずっと想い続けてきたから。
だけど一二巳くんはそんなメイドを求めていない。だったらそんな甘い考えは捨てて一二巳くんにとって理想のメイドさんになるしかない。
私は決意を胸に、まずは食事中の一二巳くんの前に例の漫画を置いてみることにした。
そしたら一二巳くんはお味噌汁を吹き出して泣きそうな顔で私のことを見ていた。だけど、私はそんな一二巳くんをイジメてみることにした。
『ご主人様は、メイドにイジメられるのが好きなのですか?』
そう言うと一二巳くんは目を丸くしていた。そんな一二巳くんに私はまくし立てる。
『ご主人様は変態ですね』
『へ、変態じゃないっ!!』
『そうですか? 本当は私を見て発情しているんじゃないんですか? いいんですよ? 別に私をいやらしい目で見ても』
『いや、だからっ!!』
『まあどちらでも構わないです。とにかく、先ほど申し上げたことに嘘偽りはありません。もしもご希望でしたら再生しますが?』
『いや、それだけはやめてください……』
正直なところ怖かった。一二巳くんは確かにあんな漫画を読んでいるけど、実際のメイドからこんなことをされたら、私のことを嫌いになっちゃうんじゃないかって。
現に一二巳くんは動揺したように私を見つめていた。
だけど、私は一二巳くんの瞳が一瞬だけキラッと私に何かを期待するように光ったのを見逃さなかった。
やっぱり一二巳くんは変態さんなんだ。私にこんなことを言われて喜んでいるんだ。
そのことに気づいた瞬間、私は今まで感じたことのないほどに自分の胸が躍るのを感じた。
嬉しい。一二巳くんが喜んでくれるのが嬉しい。今までどんなに美味しい料理を作っても、献身的に一二巳くんの身の回りのお世話をしても、ここまで目をキラキラさせてくれることはなかった。
一二巳くんが喜んでくれている。それだけで私は幸せだった。だから、その日からデレデレしたいという欲望を捨てて、意地悪なメイドになることを胸に誓った。
だから今朝も一二巳くんにとって理想のメイドさんでなきゃいけない。
私は気持ちよさそうに眠る一二巳くんの頬をツンツンと軽く突いてからベッドに上がった。そして、彼を跨るようにしてベッドに立つと、できるだけ冷酷な目で彼を見下ろす。
きっと彼が今、目を開けば私のスカートの中は丸見えだと思う。そう思うと、急にスカートの中がスースーしてきて思わずスカートを手で押さえてしまう。
は、恥ずかしい……。
こんなことになるなら、もっと一二巳くんの好きそうなえっちなパンツを履けばよかったと心から後悔する。
だけど、もう遅い。早くしなければ一二巳くんが目を覚ましてしまう。私は意を決してニーソックスに覆われた右脚を大きく上げた。
一二巳くんはこういうのが嬉しいんだよね?
心中でそう尋ねると私は勢いよく一二巳くんのお腹をめがけて右足を振り下ろした。
ドスンっ!! という鈍い音とともに一二巳くんは「ぐおっ!! ゲホッ!! ゲホッ!!」と咳き込みながら大きく目を見開いた。
い、痛かったかなっ!? やっぱり痛いよね?
本当はすぐにでもごめんなさいって謝ってあげたい。だけど、一二巳くんが目を見開きながらも私のニーソックスを見つめるのを見て、すぐにその考えを捨てた。
一二巳くんがニーソックスを見てる。
恥ずかしいからそんなにじろじろ見ないで……。
だけど、やっぱり変態さんの一二巳くんは女の子の脚が好きなのかな? 本当は私のニーソックスの匂い嗅ぎたいのかな?
一二巳くんと何度か会話を交わしながら、私は徐々に彼の瞳がキラキラ輝いていくのを理解する。
すると、なんだか嬉しくなってきた。
喜ばせたい。一二巳くんのことを喜ばせてあげたい。
私はぐりぐりと踵を一二巳くんのお腹に押し付ける。一二巳くんはさらに瞳をキラキラさせた……ような気がした。
『嬉しいですか?』
そう尋ねると彼は嬉しくないと言った。だけど、私は一二巳くんの本当の気持ちを知ってるよ? 本当は嬉しいんだよね? だからもっと一二巳くんのこと喜ばせてあげるね。
私は目いっぱい一二巳くんのことを踏みつけた。一二巳くんは痛そうに悶えている。だけど、止めない。それが一二巳くんの本当の気持ちじゃないことを知っているから。
可愛い……悲しそうな顔をする一二巳くんがどうしようもなく愛おしい。
ちょっと思っていた生活とは違うけど、一二巳くんにとって理想のメイドになるために私、柊木日向は今日も精いっぱい頑張ってます。
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