第803話 ラウンドガール的な何か
アメリカン。まず最初に脳裏によぎるのはこの一言。次いで肌色である。
面談前に矢盾が『破廉恥な恰好』と称するのもむべなるかな。すっかり見慣れた空母の食堂室のはずなのに、彼女たちを視点に置くとどこかのお店に迷い込んだようだ。
加勢して頂いたのに申し訳ないのだが、
そのうちひとりはこちらが食堂に顔を出すと、『待ちくたびれたぜボーイ』みたいな軽薄な態度で両手を広げて席から立ちあがった。
一応、友好や歓迎を示すポーズでいいのかな?
ここまでふたりを接待していたらしいお町こと深町
気持ちは分かるけどお客の前でそんな顔しないの。まして助けてもらったんだから。
もちろん人手不足で
深町もね。学生とはいえこの子だってアルバイトくらいは出来る年だ。大人として社会人予備軍に礼節くらいは叩き込むぞ。
hehehe、という、海外独特のキーを感じる笑い声に我に返る。
まるで字幕映画でも観ているよう。発音としては英語圏? 立ち上がって愛嬌のある笑みを漏らしたひとりは手を広げたまま無造作に近づいてきた。
警戒して
されたのはいわゆるハグ。友好を示すコミュニケーションだ。それもわりとガッツリ。
当然としてこちらも抱き返すべきなのだけど、なんというか手の置き場に困る。
古来から伝わる擬音で表現するとボン、キュ、ボン。いかにも『海外の理想の女性』的体格の持ち主だ。モデルほどには細くなく、それでいて腰回りはキッチリ絞まっているというか。体格すごいな。
そして何より困るのは面積少なめの赤ビキニというトンチキすぎる格好だからだ。どこも触れねえよこんなの。
これまた『海外女優を日本人がイメージした』ときのテンプレートと申しましょうか。
金髪・白人・ビキニ・グラマーという、ものすごく頭の悪い四
というかぜんぜん放してくれない。意を決して背中をタップするようにタシタシとするとようやく放してくれた。後ろの紐が細いな。
「aー、a、アッ? ――――あー、んんん。わぁたし、言葉、オウケィ?」
不意打ちでちょっとギョッとする。若干発音が怪しいものの、笑顔で口を開いた彼女から漏れ聞こえたのは間違いなく日本語だった。
「ん゛、んん。ん゛。こにちは、こんちゅわ――こ、こ――こんにちは。このくらいのチューニングで平気?」
首肯する。なんというか言葉に詰まる光景だ。まるでさっきまで日本語など話せなかったのに、急に知識か何かが下りてきて堪能になったかのよう。
「私レッドパージ。あんたの運んだソファね」
レッドパージと名乗ったビキニの女性は続いて後ろに座ったままの女性を紹介してくれる。本名だろうか? 本職はラウンドガールでもやっていらっしゃる?
「こっちはネイルガン。椅子ね」
向こうの女性の格好は一言で言うと西部劇のガンマンだ。
ただし赤ビキニの。頭には古ぼけたガンマンハット、上は丈が短いノースリーブのこれまたくたびれた革ジャンで、前はもちろんはだけている。
――――革のジャケットに飾られている硬質な輝きはバッジか? 金色が褪せた五角形。ああ、
下がエグいショーパン穿きなのがまだ救いかな。太いベルトを巻いてるクセに、前はこの手の水着のボトムよろしく開いてるけどさ。こういう水着のアンダーってなんで前を開くん?
露骨な表現をするとこちらもこちらで大きなホームパーティで外人がやってそうな格好。受け狙いのために着たコスプレみたい。
大きいケーキやプレゼントボックスに隠れて、クラッカーと共に登場する定番の演出用と言いましょうか。日本人では精神的にも肉体的にもとても着れるものじゃない。
そりゃさっきから喜平が挙動不審にもなるよ。視線の置き場が無いわこんなん。
しかし相手の衣服に一方の常識で物申すのはトラブルの元だ。向こうからしっかり挨拶してくれたのだし、こちらも努めて冷静に自己紹介をする。
身じろぎするたびにどっちもバルンバルンしよる。
どうにも視線の泳ぐ喜平共々、幽世側女性陣からとても冷めた目で見られつつお互いの事情をすり合わせる。
せっかく深町を守っていいところを見せたのに、今の喜平を見る深町の目がすっかり『男って』みたいになっていて同情を禁じ得ない。対して屏風覗きは極めて冷静なのになぜこんな冷たい視線を浴びているのだろう?
特に矢盾。
「私たちは主人のコレクション。でも特に大事にされてるわけでもないから、いなくなっても特に気にしてないと思うわ」
ネイルガン嬢はハードボイルドというか口数が少ないタイプらしく、話は主にレッドパージ嬢が主体となった。
「適当なところで思い出して取りに来るんじゃないかしら? それで見つからなくてもまあいいかで終わるでしょうね」
ふたりの持ち主は矢盾と遭遇した悪魔のゲームデザイナー、ゴールド氏で合っているようだ。そして彼女の持ち物としての自覚もあるらしい。
このふたりの正体は話を聞く限り椅子とソファ。どちらも双眼鏡を手に入れるために出張った世界で知り合ったゴールド氏が話し合いの場で出してくれたものである。
そんなふたりがなぜ砦にいるのかと言うと、話し合いを済ませた悪魔が世界から消えた時にこのふたりだけ元の姿のまま取り残されていたので、何か可哀そうになってついこちらの世界に連れてきてしまったのだ。
――――付喪神という存在を知っていると、どうもね。放置された物を見ると変な感情が湧いてしまう。
ちなみに出した飲み物とお茶菓子はポイントを使って購入した空母由来のものです。見た目に反してどちらもコーラは飲まず、選んだのはコーヒーだった。
ネイルガン嬢は泡に興味を示してちょっとだけ口を付けたが、口に広がる刺激に踵に備えた銀色の拍車を揺らしてすぐにテーブルに置いてしまった。
拍車はガンマンのブーツに付属する定番のアイテム。見た感じギサギザが尖り過ぎの代物で実用品ではないように思える。あれで馬を蹴ったら怪我をさせてしまうだろう。
「足が好きか?」
寡黙な方かと思ったら酷いジョークが飛んできた。別に無口なだけで口下手という訳ではないのかもしれない。ビキニにカウボーイブーツというトンデモチョイスが珍しいだけです。
先ほどレッドパージ嬢がした何かの影響か、ネイルガン嬢も日本語を話せるようだ。
腰に吊られた二挺の拳銃は古めかしく大柄の
それはともかく、こちらとしては主人の元に送り届ける義務と意志があることを伝えておく。どんな感情からでも第三者が見たら勝手に持ってきてしまっただけだしね。
同時に謝罪と感謝を述べる。おふたりが加勢してくれなければ深町らが危なかったかもしれない。
「別にいいわよ。あんなところに置いておかれたら何年放っておかれるかわかんないし」
勝手に連れてきてしまった事についての謝罪はどちらもあっさりだった。あまり関心が無いらしい。
一方で加勢の礼に関しては言葉だけでなく相応の謝礼がほしいと言ってくる。
相手が相手だけにポイント払いかと考えてどのくらいが相場なのかと悩んでいると、不意に矢盾が剣呑な空気を出して無言で背後から躍り出た。
「こやつら魔のにおいがします――――人を食ったな? 付喪神のくせに」
言葉が分からずとも人喰いの汚い気配が漏れているぞと、東洋の付喪神が
おそらくは殺気と呼ばれるものを飛ばされた赤い女たちは、矢盾に答えずヘラリと笑った。
見ていると生理的にゾッとくるような、不均等に歪み出した顔で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます