第30.5話 僕の先輩⑤
「うう。……おなかがタプタプしてます」
「だろうね~。こんなにたくさん飲んじゃったら、そうなるに決まってるよ~」
先輩は、ペットボトルをフリフリと振りながらそう言った。最初、二リットル入っていたお茶は、もうほとんどなくなってしまっている。ペットボトルが振られるたびに、中に入っているお茶が、チャプチャプと音を立てる。
「さて、あとは私が~」
残りのお茶を紙コップに入れ、両手でクピリと飲み干す先輩。
「ごちそうさまでした~。完飲だ~。」
ペットボトルが、大量の紙コップの入った袋の横に置かれる。空になった二リットル入りのペットボトルと、二つしか使われていない紙コップ。なんとも異様な光景だった。
「絶対余ると思ってたのに、まさか全部なくなっちゃうなんてね~」
先輩は、空になったペットボトルをじっと見つめる。その声は、どこか嬉しそうだった。
「すいません。全部飲んじゃって。高校最初の部活動ですからね。緊張して、すごく喉が渇いてたんです」
「……そうなんだ~。私はてっきり、私に気を使ってくれてたのかと思っちゃったよ~。私の用意した物が、少しでも無駄にならないようにってね~」
「…………」
「…………」
「……な、何のことですか?」
とぼけるように首を傾げる僕。さすがにバレバレだったようだ。ただ、僕は、ここで「実はそうなんです」と口に出せるほど、鋼の心臓を持ってはいない。
先輩は、僕のことをじっと見つめる。先輩に見つめられるのが恥ずかしくて、僕は、スッと顔をそらした。お互いに、何も言わない。窓の外から聞こえる吹奏楽部の演奏の音が、妙に大きく感じられた。
「後輩ちゃん」
「……はい」
「ありがとね~」
優しく微笑む先輩。思わず、僕の心臓がドキリと大きく跳ねる。
狭い部室の中には、不思議な雰囲気が漂っていた。
「……さて、お茶は消費できたけど、この紙コップは……うん、部室に置いておこっかな~。後輩ちゃんが入部してくれた記念として~」
入部記念がまさかの紙コップとは。先輩の言葉に、僕は、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。
……あ、まずい。そろそろ我慢の限界が。
「す、すいません、先輩。ちょっとお手洗いに行ってきますね」
僕は、椅子から立ち上がり、入口の方へと速足で向かう。
「…………あの子が言ってた『優しすぎる』って、こういうことか~」
「先輩? 今、何か言いましたか?」
「ん~? 何も言ってないよ~。それより、早くお手洗い行っておいで~。場所は分かるかな~?」
「だ、大丈夫です。行ってきます」
先輩が何かを呟いたような気がしたが、気のせいだったようだ。僕は、急いで部室から飛び出した。
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