第30.5話 僕の先輩①

 放課後。将棋部の部室。


「先輩、このロッカー、いろいろ詰め込み過ぎて魔窟になってるんですが……」


「あ、あはは~」


「笑い事じゃないですよ……」


 今日の部活動はロッカーの整理だった。将棋部の部室には、ロッカーが一つ置かれている。だが、その中身はごちゃごちゃ。いろいろなものがただ雑然と入れられているだけだ。将棋盤、駒、チェスクロックといった部に必要なものはともかく、どうして野球のグローブや一眼レフカメラなんてものまであるのか。


「私が入部した時からこんな感じでね~。それはもう酷くて酷くて~」


「……つまり、少なくとも二年以上は放置してたってことですか?」


「…………」


「…………」


「……あはは~」


「ごまかさないでください」


 ハアと溜息をつきながら、物を片っ端から取り出していく。出てくる出てくる不用品。だが、中には見覚えのあるものが。


「ここにある本、この前先輩が読んでたやつじゃないですか?」


「……そ、そうだね~」


「これも、これも」


「……そ、そそそれもだね~」


 先輩は、僕から目をそらしながらそう答える。動揺が隠しきれていなかった。


「……先輩」


「……な、何かな~」


「整理どころか、魔窟の作成に一役買ってたんですね」


「……う~」


 唸りだす先輩。いつもなら、先輩が何か困っている時は真っ先に助けようとする僕だが、今日ばかりはそういうわけにはいかない。しっかり反省してもらわねば。


 物を取り出す作業をひたすら続けていく。まずは、ロッカーの中身を一度空にする必要がある。それから、必要な物だけをロッカーに戻し、不必要な物はごみとして処分する予定だ。


 先輩の私物は持ち帰ってもらうことにしよう。かなりの量あるが……。


「あ!」


 突然、部室に先輩の声が響いた。


「どうかしましたか?」


「……これ、懐かしいな~」


 そう言って、先輩は床に落ちていた袋を拾い上げる。その中には、大量の紙コップ。


「それ、確か……僕が初めて部室に来た時に……」


「正解~。よく覚えてたね~」


「……結局、僕と先輩以外、使いませんでしたね、それ」


「……そうだね~」


 遠い目をする先輩。きっと、あの日のことを思い出しているのだろう。


 今でもよく覚えている。初めてこの部室に訪れたあの日。初めて先輩と出会ったあの日。初めて先輩と将棋を指したあの日。そして、僕が将棋部の一員となったあの日。


「先輩、それ、どうします?」


「……一応、置いててほしいな~」


「……分かりました」


 僕は、ゆっくりと頷く。


 そんな僕を見て、先輩はニコリと微笑み、こう言った。


「ありがと~、後輩ちゃん」

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