ヤマナーシ

 チャポン・・・


 温泉に入っている。



 ヨコウミから逃げ出したのは良いけど、体調が悪いため遠くには行けなかった。

 ここは、ヤマナーシに入ったところのドーシ村。

 ふらふらになりながら、どうにか山の中の民宿を見つけて泊めてもらった。


 それから一週間。ようやく熱は収まり回復した。

 ひどい目にあった。


 それにしても、病み上がりに温泉は良い。

 これのおかげで体力が回復してくる気がする。


 温泉を出ると、民宿のおばちゃんが声をかけてきた。

「そろそろ朝飯ができますよ、食堂に来てくださいな」

「はい。今行きます」


 朝ごはんは、ご飯とみそ汁に山菜とお豆腐と卵焼き。それに納豆だ。

 こういうシンプルな朝ごはんもいいものである。


「どうだい? もう体調は大丈夫かい?」

「おかげさまで、すっかり元気になりました」

「それはよかった、最初ここに来たときはフラフラで心配したよ」

「ごめんなさい、心配をおかけしました」

「いや、でも良かったよ、元気になってくれて」


 朝ごはんを食べ終えた僕は、近所に散歩に出る。


 近くを流れる清流。とてもきれいな水だ。

 河原に座り、水を眺める。


「これからどうしよう・・・」


 最初に考えたのは、魔王領に帰ること。ほんとは、そうしたい。


 だが、勇者の称号を得てしまった。

 それを考えると、悩んでしまう。


 勇者の称号を持つ者だけが魔王を倒せると言い伝えられている。

 そうすると、魔王様の近くに行っていいのだろうか?

 そして、勇者になってしまった僕を魔王様はどうするだろうか?


 一方で、王国のほうも黙っていないだろう。

 きっと、捕まえて王城に連れていかれるんだろうなぁ。

 それは嫌だな・・・


 僕が、魔王様を殺すなんて考えたくもないや。


 ねえ、僕は、これからどうすればいい?


  ……


 勇者の称号を得てから、賢者の称号は何も話してくれない。

 どうしたのかな。


 不安でたまらない。

 さて・・・僕は、どこに行けばいいのかな。

 魔王領に帰りたいなぁ・・・



 考えがまとまらないまま、民宿に戻って来た。

「おかえり、どうしたんだい?」

「いえ、ちょっと考えごとしてただけですよ」


「そうそう、びっくりな知らせだよ。なんと聖女様がこの村に来たんですってさ」

「え? 聖女様?」

「そうそう、みんな大歓迎しようって役場に集まっているんだよ」


 聖女様・・・多分、王国側として僕を探してるんだろうな。

 きっと、見つけたら王都に連れていかれるんだろうな。


 逃げなきゃ。


「おばさん、僕そろそろ出発しなきゃいけないんです」

「え? 急だねえ・・・大丈夫なのかい?」

「はい、お会計をお願いしますね」


 荷物をまとめ、お金を払って民宿を出る。


 認識阻害スキルを発動して、僕は村から逃げ出した。

 王都と反対方向である、西へ向かって。


----


「あら、この村には温泉があるらしいわよ。ちょっと入って行ってもいいかしら?」

「聖女様~。遊びじゃないんですよ?」

「わ…わかってるわよ」


 聖女は、魔王配下の賢者探索隊とドーシ村を訪れていた。

 一緒に、賢者様を探すことにしたのだ。


「聖女様。賢者様見つかりませんね~」

「そうね。でも、この村に泊まっていたのは間違いないようよ」

「そうなんですか?よくわかりますね?」

「魔法使いから、連絡があったのよ」


 魔法使いの探知能力。賢者の大体の行き先がわかるようである。


「今回、魔法使いさんは来ないんですか~?」

「彼女には王都に残って、ちょっと調べものしてもらっているの」

「はぁ・・・」


 聖女は、杖を持っていた。


 それを道路に立てて、手を放す。

 杖はゆっくりと、西の方角に倒れた。


「さぁ! 賢者様は西に行ったようよ。私たちも向かいましょう!」

「・・・聖女様。マジですか? それ、当てになるんすか?」


----


 西へ向かって賢者は、湖に出た。

 湖の湖畔を歩いていく。目の前に、巨大な山が見える。


 富士山である。

 

 神々しく、巨大な存在。

 まるで、誘っているようにも見える。


「行くあてもないからなあ。あの山を越えてみようかな・・・」


 自暴自棄になっている賢者。

 富士山の山頂目指して、歩いて行くのであった。

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