第二十四話 反省と正座と少女

「だれだ! てめぇ!!」


僕達が何の反応も出来ない中、父さんだけが素早く動き、突如現れたファンタジー物で言うエルフの少女に、剣を突きつけている。


 僕からの贈り物を取られたアリーチェが僕の顔とエルフの少女が持っているビー玉を交互に見つめ、とうとう感情が決壊した。


 除者にされたと思い悲しくなり、そこから自分だけの物をもらえると喜んだ瞬間、それを取り上げられたんだ。僕の腕が震えるほどの泣き声を上げても仕方がない。

 僕も一生懸命あやそうとするがほとんど効果はなかった。 


 アリーチェが泣き叫ぶ中、父さんが突きつけている剣の先、そこにある少女の顔が激しく動揺し始めた。


「ご、ごめんよ。幼子を泣かせるつもりではなかったんだ。ごめんね、ちゃんと返すから」

「動くな! 次は斬るぞ!!」


 エルフの少女が僕が作ったビー玉を返そうと、一歩こちらに踏み出そうとしたところで、父さんから静止の叫びがかかる。

 父さんの本気の顔から見て、次は本当に斬りかかるのだろう。


「お前はエルフだな? 俺たちに何のようだ? 俺の家族に手を出そうとするやつは、たとえエルフでも許さねぇぞ!」

「い、いや。本当にそんなつもりじゃなかったんだ。つい久しぶりに魔力の珠を生み出せる子がいたもんだから、好奇心に勝てなくてつい、転移をしちゃったんだ。この年齢の体だと、どうしても理性より好奇心が勝って──いや、これは僕の言い訳だ、ごめんなさい」


 謝るエルフを見ながら、僕は泣き叫ぶアリーチェをあやしていた。

 不甲斐ないことだけど、ここまで感情を爆発させたアリーチェは僕じゃ静められない。

 僕達を守ろうとしてくれているのだろう、横から抱きしめてくれている母さんの腕にアリーチェを渡した。


 「父さん」と声だけ掛けて、ボーンを目の前に作り出し、そいつに差し出された──僕達のだけど──ビー玉を受け取らせた。

 でも、これもあまり良くない手だった。


「すごい! それは生活魔法だね! 生活魔法をこんな人同様にまで制御するなんて、なんて無駄な制御なんだ!! すばらしい!」


 先程の台詞は、本当のことだったんだろう、エルフの少女は一瞬で謝っていることを忘れて、好奇心にかられて僕の作り出したボーンを掴もうとした。


「──っ!!」


 だけど、その動きは父さんが許さなかった。

 急に動いたのでほぼ反射的だったんだろうけど、まだ判断できる余裕はあったのか、命を刈り取る首ではなく、その腕を斬り飛ばした。


 ──いや、斬り飛ばそうとした。エルフの少女の腕に当たった剣は、斬るどころかその腕を微塵も動かすことは出来ず、剣身が半ばからへし折れて父さんの顔へと向かった。


 それを感じて、僕は慌てて土魔法で剣身を誰もいない方向へ弾き飛ばしたけど、その軌道上にはすでに父さんが半ばから折れている剣を戻していたので、僕が弾かなくとも父さんがなんとかしたんだろう。


「──まじかよ、エルフってのはここまで……」


 父さんが折れた剣をじっと見ながら、剣を持つ手がしびれたのか、逆の手で揉みながらボソリとつぶやいた。


 「ご、ごめん」と、さらに焦るエルフの少女を見て、たぶん、本当に悪気はなかったんだと斬りつけられても、変わらず気まずそうなその顔とまるで感じない敵意を見て、そう理解できる。


 理解は出来るが、いきなり侵入してきたのは間違いないし、アリーチェにあんなに悲しい思いをさせたんだ。それに今、下手したら父さんも大怪我を負っていた。


 ──ぼくは、今まで感じたことのない、腹の底に溜まるような怒りを覚えていた。


 それでも、僕の理性が目の前の存在には絶対に敵わない、家族が大事なら抵抗せず全て言うことを聞けと言ってくる。

 僕の感情は怒りに任せて無茶苦茶にぶん殴ってやりたいと言っている。

 それは駄目だと何の意味もないと、冷静な部分が止めてくる。

 最後に僕の魂と記憶が、相手が罪悪感を感じていて、感じるだけでも、分かる強大な力を相手が使う気がないなら、それを利用してやればいいと教えてくれる。


 心を落ち着けるため深呼吸をし、ボーンからビー玉を受けとり、母さんの胸の中でようやく泣き止みかけているアリーチェに渡して頭をなでてから、エルフの少女に向き合った。


「はじめまして、僕はルカといいます。あなたはエルフの方でよろしいですか?」

「あ、ああ。正確にはエルフではないけれども、概ねその通りだよ」


「おい、ルカ」と、父さんが僕を止めようとして来るが、目で大丈夫とだけ返した。


「僕は名前を言いましたが、エルフの方は自己紹介をしていただけないのでしょうか?」

「い、いいや。正式な名前は人族の子には長すぎるので、アリアと呼んでくれればいい」

「わかりました。アリアちゃんと呼ばせてもらいます」

「……できれば、ちゃん付けはやめてもらえないかな、呼び捨てでいいから」


 目の前の少女が恥ずかしそうにちゃん付けを否定してくる。


「ええ、そうですね。アリアちゃん。僕にはあなたが今回の行動を起こしたことを悪気あるとは思っていません」

「だから、ちゃんは──いや、そうなんだ、ついつい好奇心が優先してだね」

「そうですね、分かります。つい、自分の感情に負けて行動に移してしまうことはあります」

「そうだろう! いやー、こんな所に僕の理解者が現れるとは……」

「ですが! 他の人にとってはそれは理解できません。僕は分かりますが、やはり反省というのは態度で表さないといけないんです」

「そ、そうだね。だったら、僕はどうすれば……」


 エルフの少女は気まずそうな顔を浮かべて僕に尋ねてきた。

 父さんがお前が言うかという顔をしているけれども、それはとりあえずスルーしておく。


「とりあえずは、正座ですね」

「え?」

「正座です」

「正座と一体?」

「しらないのですか? 」


 そう言って僕はボーンをもう一体作り出して、二体で片方ずつ少女の腕を取り──抵抗はしなかった──、ボーンの膝で後ろから少女の膝を押し曲げて正座の形を取らせた。


「これが正座ですね、よくある反省の形ですよ」

「なるほど、これはきついね。僕の体重で脚が圧迫される感じだ、もう、戻してもいいかな?」

「は? まさか、反省してないから正座なんてしないとおっしゃるのですか?」

「……僕は、このままでいるよ」

「よかった、さすがはエルフ様、僕達と一緒でちゃんとわかってくれるんですね」

「もちろんじゃないか! 僕はちゃんと悪いと思ってるからね」


 そこで、エルフ少女に近寄り、あえて耳打ちをする。


「あなたが反省しているのは分かっています。僕にはわかります。ですが、僕の家族は妹を泣かせたことに憤りを感じています。僕の言うとおりにしてくれれば、ちゃんと誤解をときますので」

「──わかったよ、君の言うとおりにしよう」


 ちなみに、憤りを感じてるのは僕が最も強いと思う。

 少女の意思で土下座までいかせれば、僕の気持ちもスッキリするかな?と考えていた。


 そこから、僕はネチネチと攻め続けた。少女に同意しつつ反省点を抽出し、ここはだめだったよねと反省を促すような態度で、駄目な点をチクチクと攻め続けた。


 土下座の仕方もさり気なく教えて、僕が攻め続けたおかげで、少女の目からハイライトがなくなり、土下座までもう一歩の所まで来た。


 ──けれど、そこでシスターがいつの間にか来ていたらしく、「アリア様、これは一体!」という言葉で、固まっていた空気が弛緩した。


 ──ちぇっ、後もう少しだったのにな。

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