第8話 今日のお兄ちゃんは火舞をする

 私はお兄ちゃんの妹。あかね色の夕日が差し込む時間。開け放った窓際で庭を眺める。蚊取り線香を炊きながら、暑いような涼しいような初夏の日暮れを楽しむ。


 ……日も落ち切って少し寒くなってきた。まだ蝉の声も聞こえない静かな庭に、パンクロックな音楽が響く。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんが腰巻一丁で!!  上裸!!


  ……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんの野性味あふれる姿にテンションを上げたりしない。


 今日のお兄ちゃんは何やら鬼気迫る顔をしている。頭には紅白のねじり鉢巻き、上半身は裸で、荒々しい腰布を巻いている。初心うぶな乙女の私にはちょっと目に毒だ。

 手に持っているのは細長いバトンを両手に一つずつ。それぞれ片腕くらいの長さがあって、その両端はサイリウムで輝いている。


 お兄ちゃんは足を開いて腰を落とすとバトンを目の前で回転させる。するとバトンの両端の灯りが円形の光芒こうぼうを描く。美しい。音楽に合わせてお兄ちゃんが跳ねる。その度に大地が揺れるような錯覚を覚える。これはトーチトワリングだ。


 トーチトワリングあるいは火の舞などと呼ばれるこのダンスは、本来、たいまつに火をつけて行う。危険と隣り合わせのダンスは見るものを圧倒する。


 お兄ちゃんは音楽に合わせて次々に技を繰り出す。バトンを体の左右で回転させて、8の字を描いたり、頭の上で横向きに回転させたり。

 ダンスといえば表情が重要だ。ダンスはある種の表現、主張を含んでいる。明るい気持ちで楽しませるなら笑顔で。切ない気持ちにするなら悲しい顔で。しかし、今踊っているお兄ちゃんの顔に浮かんでいるのは怒り。パンクロックな音楽とその表情が破壊的な衝動を表現している。


 そうか、お兄ちゃんは現状に怒りを覚えているんだ。


 近年トーチトワリングの人口は減り続ける一方だ。このダンスは愛知県の小学校の校外学習などでよく行われていた。しかし、トーチトワリングは火を扱うため、危険と隣り合わせだ。そしてある時、事故が起こってしまった。父兄からの不況を買い、SNS等で拡散、ニュースとしても取り上げられてトーチトワリングという競技そのものに批判が集まった。確かに、初心者にも火をつけたたいまつを持たせて行うのは危険だろう。しかし、サイリウムトーチを使って練習し、熟練した後に火のついたトーチに持ち替えればよいのだ。

 悪いのは事故を起こした現場の状況であり、競技そのものではない。トーチトワリングに夢を抱く少年少女だっているのだ。


 だからお兄ちゃんは踊るのだろう。こんなにも素晴らしい競技だと主張するために。


 輝くバトンから熱が伝わってくる。お兄ちゃんの体からは汗が弾けてキラキラと舞う。私はすっかり魅入っていた。夜の寒さはとっくに感じなくなっていた。


 お兄ちゃんはボランティア活動の一環として、このトーチトワリングを児童養護施設や老人ホームなどで披露ひろうする予定らしい。きっと多くの人を勇気づけることだろう。そして、トーチトワリングという競技自体の素晴らしさも少しは広まるはずだ。私はお兄ちゃんが誇らしくなる。


「やっぱり私、お兄ちゃんの妹でよかったよ。」

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