Cut.15 〝吸血鬼たちの夜〈Ⅳ〉〟
〝
戦闘を好まない
まさか図書館で出会い友人になっていた彼女がそうだったとは。
もっともシメオンが気付かないのも当然で、ゲオルギウスの英名はジョージであってヨシュアから転じたジョルジュではなく、よってジョッシュという愛称からゲオルギウスを連想するのは不可能に近い。
吸血鬼たちは永い歴史の中で本名を捨てて通称を得ている。
現代においてこそ英名を用いているが、魔女狩りの時代、古くは宗教組織としての側面を持っていた
とはいえ。
戦況は一変した。
もとよりシメオンが最もよく知る
基準が彼女なのだから彼らの強さを低く認識していたことは否めない。
だがそれを差し引いても、
瞬く間に、それこそ難易度を最低まで落としたアクションゲームのノリで餓鬼たちは駆逐されていく。
危うげなく、ですらなかった。
鎧袖一触、どころか触れる事すらない。
ただ悠然と歩き、時折思い出したように手を振るだけで餓鬼の群れは滅びてゆく。
不可視の壁、業火、溶解する建築物、吹雪。
魔法のように移り変わり異なる顔を見せる、
一体いかなる進化を遂げればこうも多様な現象を引き起こすに至るのか。
シメオンにはまるで想像がつかなかった。
あるいは複数の血祷を有するのかとも疑うが、ケヴィンは
「——あれがどういう代物なのか、俺にもわからないが。
血祷は一人に一つ、それは大原則だ。
使い分けているという風でもない、というか良くわからないけど」
「……ケヴィン、もしかしてジョッシュの心読んでる?」
「いやだって気になるじゃないか。
まあ心を読んですらよくわからないというか。
本人も良くわかってない節があるなあれは、無茶苦茶過ぎる。
というかきみも気安いな、相手はあの
……いやよくよく見ればまだ興奮は抜けきっていないようにも見えるのだが。
「きみだって
そんなに興奮するってどういうこと、ファンか何か?」
「き、きみな。
彼女は
いやもちろんお爺様の事は尊敬しているが、こう、種類が違うというか。
〝
ましてその戦いを特等席で見ているんだぞ今!!?」
思ったよりミーハーだなあ、とやや呆れる。
というか最強の吸血鬼って
……いやまあ、あれは憧れより先に
まあ、わからないではない。
彼女の強さは圧倒的なのだ。
しかも派手。
威風堂々とした立ち姿にあの派手な血祷。
外見も美人だが美しさよりも凛々しさ雄々しさの方が先に立つ。
「というかぼくは孫だがきみは
血統で言ったらきみの方が上だぞ、なんだ今の皮肉か何かか?」
「違います。
というかほんとに僕の心読んでないんだね」
「読まないと言ったろう!
まあ皮肉じゃないならいい。
にしても凄い」
まあ、言いたいことはわかる。
そしてごめんケヴィン、子どころか同格なんだほんとうは。
と内心で手を合わせて頭を下げる。
読まれていないならこればかりは自分から言うわけにもいかないが。
そんな益体もない雑談を2人がしている間に
ちょちょい、と手招きする
やや遅れて追いつくとケヴィンは直立不動で
何を話していたんだか。
「——シオン。
久しぶりだな、息災か?」
「はい。
ジョッ……、
さすがに失礼かと思い言い直すと
「構わん、堅苦しいのは無しだ。
私とおまえは友人だと言ったろう?
だがよもや
同族ではないかとうっすら感じてはいたが」
「ぼくもびっくりです。
まさかジョッシュが
視線が痛い。
ケヴィンが睨んでいる気がする。
察知・感知の血祷などなくてもわかる。
これはうざい。
「——ともあれまずは残敵の掃討だな。
そちらの、
「はい、ケヴィンの血祷はすごいですよ。
敵の位置は彼に任せれば正確に把握できると思います」
「そうか。
では案内を頼む。
「はい! こちらです!!」
頼りにされたのがうれしかったのかケヴィンはスキップでもしそうな勢いで頷く。
結論から言えば後はもうあっという間だった。
奇襲や搦め手は相応に苦手だと言う
約20分、それが残敵掃討に要した時間だった。
**************************************
ドームでの戦闘から数時間後。
市内のとある建物の会議室が
無論、その背景にはトゥーラ・フェテレイネンの存在がある。
当初もっと広い施設を貸し切るんだとトゥーラは最後まで駄々をこねたのだが。
さておき。
会議室の円卓にはそのトゥーラが座っている。
すぐ右横にはシメオン。
左側にやや距離を置いてスティーヴン・K・ロングフェローこと
ケヴィンはトゥーラにNGを出されて締め出されている。
シオメンが例の似顔絵、ミルというらしい女の報告をした際にうっかりその血祷について言及したせいである。
何のための集まりかは言うまでもない。
その直系であるシメオンとケヴィンの決闘に横入りしてきた何者かに対しての対策会議である。
神経質にトゥーラが机の上を指で叩いている。
対して
一通りケヴィンの血祷に関してトゥーラが苦情を申し入れたが既に決着していた。
というかトゥーラが一方的に聞き流されただけともいう。
シメオンにしてみると息が詰まる空気はややあって解決した。
黒と白で構成された品のいい、赤の刺し色の鮮やかなワンピース姿の少女。
のように見える謎の人物、体つきからは女装した男子にも見える。
年頃はシメオンと大差ないように見え、身長もほとんど変わらない。
ちょうど
「じゃあ、はじめるわよ。
一応聞くけどあんたたちの差し金じゃないのよね?」
トゥーラが険のある声でそう口火を切った。
最後の人物は椅子に小奇麗に座ったまま微動だにせず表情も変えない。
まるで人形のようだとシメオンは思った。
というかいったい誰なのだろうか。
配置からして〝
と、そこまで考えて思い至る。
「——
小声でトゥーラに尋ねたつもりだったが、すぐにシメオンは自分の失策に気づいた。
広くもない室内、ろくな会話もなく場にいるのは全員が吸血鬼である。
囁いたつもりの声は全員に届いていたのだろう。
最後の一人は相変わらず微動だにしない無表情。
「……
だが今もってわれわれには肺があり息をする、なぜだと思うかね?」
そう問うたのは
シメオンはその問いかけが自分に向けられたのだと気づいて沈黙。
数秒の間をおいてから自分の考えを述べた。
「声を出すため、会話をするため、ですか?」
「その通り。
その為だけに我々は肺を持ち、本来必要ないはずの息をしている。
——では心から対話を必要としない吸血鬼がいたらどうかね?」
もしそんな吸血鬼がいれば肺はなくなる、のだろうか?
「会話どころか性差すらそうだな。
最古の
声もまたそうだ、だが何事にも例外はあるのさ。
声も性別も棄ててただ戦い殺すためにその身体構造を特化させるに至ったもの。
真正の怪物。
——それがそこにいる
あっけらかんと答えを示したのは
「まあ流石に人間のカタチまでは損なっていないけどね。
ちなみに服と化粧は私が用意したしさせた、さすがに室内にいつもの格好で入って来るのは礼儀も何もなかろうとね。
ああ、ちなみに風呂にも入らせたよ」
「いつも思うのだが
「ふふ、何を言う
これでいて
私が髪を洗ってやるときなど表情は変わらないが割と気持ちよさそうに、」
「いや、とりあえず本題に戻すから。
ようはここにいる誰も今回の件の黒幕じゃないってことね?」
「しかし眉がないというのはどうなんだろうな。
化粧のノリは良いからいいんだけど」
「話戻すって言ってんでしょ?!」
軽く切れ気味にトゥーラが机をたたくとさすがに
「——まあ、我々ではないとなると消去法的に残るは
眉間を指で揉みながら
だが、
「違うでしょ」「違うだろうな」
即座に否定した。
「……えっと?」
おずおずとシメオンが声を上げる、その結論に至った過程がまるで見えない。
「
「というか尊大に見えて割と
「
シメオンはうむむ、と眉を寄せる。
それこそ付き合いは数百年レベルであろう彼らがそう言うのならそうなのだろうか。
息をしているのかすら怪しい、というか先の話通りなら
それで人形めいているのか、などとシメオンは納得する。
「じゃあ結局、こいつは何者なの?」
疲れたようにトゥーラはそう言いながら切り取られた
もちろん例の、ケヴィンが描いた似顔絵だ。
シメオンは卓の中央に滑って行ったそれをそっと
「というかドームになんか手がかりになりそうなものなかったの?」
「なかったよ。
コンテナについては調査させているが海外国籍の船舶から半年以上前に盗難にあっているようだし、そこから追うのは難しいだろう。
あの吸血鬼が生きていれば探る手もあったのだろうが」
「なんで全部始末したわけ……?」
「一匹も残すなと言ったのはきみだろうに」
何か思うところがあったのかはじめて
覗き込む
「——読めんな。
シオン頼む」
ですよね、と苦笑しながら歩み寄ってのぞき込む。
読めない。
というかそもそも日本語ではなかった。
流暢な筆記体らしき文字は文字であることはわかっても何語かすらわからない。
「——トゥーラ、ちょっと」
「ん?」
一瞥。
「はぁ? ちょっと
「何と言ってるのかね」
「『こいつなら私がもう殺した』って」
筆談を通して
「なによもー、全部終わってんじゃない」
「まあ解決してよかったではないか」
「久し振りに
三者三様の態度ではあったが全員が先までの多かれ少なかれまとっていた緊迫の気配を消して完全にリラックスしていた。
シメオンは再び困惑する。
「終わった、って。
終わったんですか?」
「ほかならぬ
それが生き延びている可能性はないよ」
「炎の血祷を使ったって言うなら生還するような裏技もないだろうしね」
「そうだな」
あっさりと三人はそう結論した。
あのトゥーラが可能性について追及しない事実にシメオンはぞっとする。
トゥーラの性格ならそれでもなお生還・生存の可能性について論じるだろう。
常の状況なら確実にそうしている。
長くはなくとも短くはない付き合いの中で彼女の性格はわかっているつもりだった。
だが。
あのトゥーラ・フェテレイネンがである。
その事実に今頃になって
改めて考えてみればあの戦いぶりをみせた
それがどれほどの重みを持つのか。
今更ながらシメオン・フェテレイネンは実感としてそれを理解する。
まるで正気の沙汰ではない。
あの夜、唐突に詰め寄られて冷静に害意はなかったからと、話し合いで対応した自分がいかに危険な橋を渡っていたのか思い知らされた。
と、気づけば目前にその
しなくてもいい呼吸が止まり、背筋が凍って手足が硬直する。
手が伸ばされる。
青白い手がシメオンの上着の内に侵入してきて別の意味で悲鳴を上げそうになった。
「ちょ、プラキドゥスさん?!」
なんだなんだと暢気な態度でもつれ合う2人を覗き込む
生きた心地がしないとはこのことだ。
拒むのも恐ろしく直立不動でされるままに停止。
しばらくして
恐る恐る薄目を開けると、
ややあって、それがトゥーラに加工してもらいペンダントとして自分が下げていたものだと気づいた。
それからすぐ、
ただの確認だったらしいと安堵すると同時、なぜ身に着けているのがわかったのか疑問に思う。
それで、今度こそ
**************************************
各々が夜の街に散るなか、シメオンはコンビニに寄って久々に冷凍たこ焼きでも買おうかと思い、手首に振動を感じて視線を落とした。
スマートウォッチに通知がある、
メール着信、スマホを取り出す、ケヴィンからだった。
なんだよもう、と気怠くメールフォルダを開く。
表示された画像に絶句する。
似顔絵のあの女の姿がそこにあった、
あの女を見つけた。
ただそれだけがケヴィンからのメールの全文。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます