第一章 それから桜色の入学式。 -4-



 窓から差しこむポカポカの日差しと、電車の暖かい空気。電車の中には睡魔が雇われていて、避けられない眠気はしかたのないこと……。


 肩を揺すぶられて、芽依は目を開いた。起きてやっと、寝ていたと思い至る。

「……寝てた」

「ぐっすりだったね。俺が起きてなかったら寝過ごしてたからな」

 唯久の悪戯に持ち上がる口角をぼんやりと見る。

「ありがとう……」


 アナウンスが時輪駅を告げ、電車はゆっくりと減速をした。芽依は体をまっすぐに立て直し、唯久に寄りかかっていたことに気がつく。

「ごめん、枕にしてた」

「寝心地最高だっただろ?」

「うん、ゆりかごだった……」

「それは電車の揺れの方だね。さては、まだ寝ぼけてるな」


 駅のホームは一番線と二番線が電車によって引き裂かれている、二つの島の構成だった。階段は上へとのび、六両の方はありがたいことにエスカレーターつき。

 駅で降りたのは芽依たちと、数人のサラリーマン。それから、時輪の制服を着た生徒――。


「唯久、おはよう」

「あ、会長。おはようございます」

「会長? って……生徒会長?」

「そうだよ、君は新入生かな?」


 会長と呼ばれたのは、サラサラの黒髪に涙ぼくろが印象的な男子。爽やかで、笑うと可愛い顔の彼は、先生受けもすこぶるいいに違いない。制服も、唯久の着なれた故の着くずし方とは違い、サラリーマンのスーツのような、ピッチリとした格好よさがある。


「一年の宮野芽依といいます」

「そうなんだ、入学おめでとう。僕は生徒会長の瀬戸孝也せとたかや。困ったことがあったらなんでも頼ってね」

 爽やかで頼もしい先輩だった。


 エスカレーターを上った先には改札と、その奥に開店前の店があった。シャッターが下りていてなんの店かは分からないが、帰る頃には分かるだろう。

(……あ、今日は車で送ってもらうだろうから、明日の放課後になるのか)


 改札を出て、エスカレーターを下る最中に案内板が出ていて、それによると時輪高校は左、西口を出て行くらしい。西口は出て正面にロータリーがあり、添うように店が肩を隣り合わせに眠っている。看板で判断できる限り、弁当屋にコンビニ、それから喫茶店があった。中学生時代には許されなかった夢の寄り道、わくわくだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る