第一章 それから桜色の入学式。 -3-
唯久はコロッと表情を変える。受け取ったマドレーヌは、一瞬で唯久の口の中に消えた。呆気にとられた芽依を吾郎が笑う。
「ほら、電車出発しちゃうから早く乗りな。俺も時間には厳しいんだからな」
「それが吾郎の仕事だしな」
「行ってきます吾郎さん、お菓子ありがとうございました」
「おー、行ってらっしゃい。今日の夜は水啾深荘にお邪魔するからなー!」
「早めに李斗さんに言っとかないと、夜ご飯吾郎の分だけなくなるよ」
「お、マジか」
出発前の電車は始発。芽衣と唯久以外には誰も乗っていない電車。そんな駅だから駅員室にいる駅員も一人だけ。吾郎は堂々と携帯で李斗さんに夕飯のメールを送っていた。
唯久によると、最寄りの時輪駅は三両目と六両目が最も階段に近いらしい。六両目の真ん中の座席に座ると、芽依は軽くローファーを脱いだ。想像以上に足は悲鳴を上げている。
「時輪まであと二十分?」
「うん。快速はこの駅から出ないし、ずっと各駅、オール各駅。あ、次の駅で人すごい乗ってくるから到着前に靴履いといた方がいいよ」
電車が発車のベルを鳴らし、アナウンスが話しはじめる。吾郎の声はちゃんと駅員のそれに聞こえて、なんとなく感心してしまった。
「これ、満員電車になる?」
「そんなに。同じ学校の生徒はこの時間帯乗ってないし、ピーク前だね」
六時四十五分着。
(確かに混むには早いのかな)
時輪駅から高校までは歩いて十分くらいで、大体七時前には学校に着く。
昨日の夜にきたメールによると、昼は和月と由理と食べに行けるみたい。芽依は密かに楽しみにしていた。
芽依が教室で点呼される時間は八時二十分。約一時間の暇な時間は、唯久に着いて歩くとしよう。唯久は先輩だし、学校を知るにはそれが一番いい。
唯久は着慣れたやわらかい制服の上に水色のリュックを置き、携帯を取り出してメールをし始めた。
外は木だらけの田舎だ。隣の駅は御園口駅。御園口は知っている。ここほど田舎味はない場所。予測通り、流れる景色は木と変わって家が並ぶ。
電車の揺れは小刻みで心地よく、芽依は早速うとうとしはじめた。朝が早かった分、まぶたも重い。されど、たかが二十分。寝たら寝過ごす。
(でも、眠い――)
ほんの少しだけ、と芽依は目を閉じた。御園口に着く前だった。
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