第一章 それから桜色の入学式。 -2-



 水啾深荘を出たのは六時十五分。駅までは歩いて五分で、電車は二十五分発。乗り過ごしたらシャレにならないから、唯久はいつも五分前行動らしい。次の電車は二時間後、大幅に遅刻する。


 駅までの踏み慣らされた茶色い地面は歩きやすかった。見通しのきく、一面雑草の茂る光景はこの一週間の内に見慣れてきた。それでも草の青い匂いと、土のやわらかい踏み心地には新鮮さを感じ続けている。


 遠くまで続く、さわさわと揺れる空き地。左手には木々の覆う丘が見え、右手前方には線路がのびている。正面を歩く唯久は景色に溶けこみ、自然体で鼻歌を歌っている。

 目下の問題は……履きなれないローファーだ。


「これ、ずっと履いてたらマメできそう……」

「俺も去年は痛かったけど、割となれるもんだよ。マメも一つや二つくらいで」

「う……痛そう」

「現実は厳しいさ」


 小指の圧迫感と闘いながら、やっとの思いで駅に着く。改札横の駅員室から顔を出しているのは吾郎ごろうだ。吾郎には引っ越してから三日目の夜に会っている。その日の勤務を終えて、水啾深荘に泊まりにきていたところを挨拶済みだ。芽依は軽く手をふった。

「おはようございます吾郎さん」


「おはよう芽依ちゃん、入学おめでとう! 時輪は絶対楽しいよ。ああー、いいなあ。俺も高校の時に戻って時輪に転校したい……」

 吾郎は名前に似合わず、柔道部というよりも帰宅部っぽい。懐かしむように笑う吾郎は、綺麗にラッピングされた菓子を取り出した。


「これ、入学祝いにもらってって。ここの駅員全員からだよ」

「わ、すごい……! ありがとうございます美味しそう!」

 マドレーヌ、フィナンシェ、ダクワーズ、クッキー。ピンク色の紙パッキンが敷かれた箱の中に並べられ、同じくピンク色のクルクルしたリボンで口が閉められた贈り物。自然と顔がにやける。


「え、いいなあ芽依。俺のはー? ないのー?」

「唯久くんは去年あげたじゃないか」

「進級祝いだよ! 一応、留年というコースも……」

「頭いいんだからそんなヘマは事件起こさない限りないね」


「くう、損だ! 留年ギリギリで進級してればお菓子あったかもしれないんだ!」

 唯久は大袈裟に悔しがる。

「……そんなに欲しいなら一個あげるよ。どれがいい?」

「わあい。芽衣ありがとー、俺マドレーヌがいい」

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