第一章 それから桜色の入学式。 -1-
それから一週間。
早いようで、あっという間の七日間だった。水啾深荘での暮らしと、新しく始まる高校生活を前に、芽依は準備に追われていた。
なにせ、初めてのことばかりだ。幸い水啾深荘には心強い李斗さんと、高校の先輩、唯久もいる。
そのお陰で、急な引っ越しと、初めての一人暮らしにしては、平穏無事に入学式の日を迎えられた。
「行こっか芽依。そろそろ電車の時間だ」
腕時計で時間を確認し、唯久は凭れかかっていた壁から背を離す。ボランティア部に所属している唯久は、入学式早々、生徒会の手伝いで出席するらしい。他の二・三年生は明日から新学期だ。
(唯久がボランティア部でよかった……)
芽依は内心、手を合わせながら脱いでいたローファーを履く。高校までの道も、まだうろ覚えで心配は尽きない。芽依と唯久は談話室から下りてきた李斗さんに手をふった。
「行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい。入学おめでとう」
李斗さんの笑顔はお寺の鐘に似ている。ふわりと咲く笑顔の背景に、立派な紅葉と砂利道を歩くお坊さん。心が落ち着く、低い鐘の音が響くようだった。
唯久の言っていたバーマスとやらは、まだ帰ってきていないらしい。この一週間、ちらりと姿を見かけることはあったが、どうも寝不足なのか、フラフラしていたので話しかけるのは止めておいた。
(バーマスにとっては、私の活動時間こそがありがたい睡眠時間だから、邪魔しちゃ悪いし……)
目の覚めている時に挨拶しようと逡巡している間に、一週間経ってしまったのにはさすがに焦っている。
(入学式までには挨拶しておきたかったな)
芽依は後ろ髪を引かれる思いに堪えかね、心の中で「いってきます」とバーマスに挨拶をした。
(今度会ったら、どんなに眠たそうでも挨拶をするんだから)
芽依は最後に一度、水啾深荘をふり返って、庭に咲く桜の木に目を眇めた。
高校生、か――感慨深い春の日差し。
(こうやって少しずつ年を重ねていくのかなぁ……ついこの間まで、高校生なんて背伸びしても届かない存在で、自分には到底追いつけない年月の先にあるものだと思ってたのに……)
こうして少しずつ歳を重ねて、ふり返る年月と、迫る理想との差に、心は必死で追いつこうとするのだろうか。
今日という入学の日を迎えたことが、なんとも不思議でしかたがなかった。まだ全然、芽依の心は追いついていない。
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