204.

「お寿司、美味しかった?」

「うん、すごく……!」


 昨日から予約しておいた特製プレートは彩織に大好評だった。

 特にタイを食べた時なんかはこんなに美味しいものを食べたことがない、と大はしゃぎしていた。

 ……連れて来た甲斐があったな。美味しい、美味しいと言ってくれるから私も奢り甲斐があるというもの。他のお店にも連れて行ってあげたくなる。


「デザートも頼もうか。白玉あんみつが有名らしいよ」


 手元のメニュー表を開きながら彩織に差し出す。少しだけ困ったような表情かおをしたが無視する。彩織はすぐ遠慮するから、これくらいの強引さがかえってちょうど良いのだ。


「……じゃあ、せっかくだし白玉あんみつを頼もうかな」

「私も同じのにする。すみませーん!」


 軽く手を挙げるとすぐに店員さんが笑顔で注文を取りに来てくれた。


「はい。お決まりでしょうか」

「あんみつ二つ」

「かしこまりました。すぐにお持ち致します」


 去り際の一礼を欠かさずに店員さんは去って行く。見たところまだ若い、私とそう変わらない年齢の女の人だった。しっかりしてるなぁ……。


「ね、ね。あんみつが来たら写真撮っても良いかなぁ」

「良いんじゃない? ほら」


 視線を横に投げると、釣られるように彩織も右を向いた。ちょうどおじさんたちが写真を撮ろうとスマホを構えているところのようだ。


「せっかくだから小陽こはるちゃんに見せようと思って」

「ああ、小陽ちゃんね。羨ましいって言うんじゃない?」

「お待たせしました」


 そうこうしているうちに再び店員さんがやって来た。手元のお盆にはあんみつが二つ。宣言通り、注文してすぐの配膳だ。


「ご注文はお揃いでしょうか?」

「はい」

「ありがとうございます。失礼します」


 運ばれてきたあんみつを前にスマホを構える。画角やら背景やら、こだわりがあるようで彩織は何度も写真を撮っていた。だけど、そろそろ……。


「ねえ、もう良い? 食べて良い?」

「もう一枚だけ……こっちのほうが映えそう……」


 真剣にスマホを構える姿は見ていて微笑ましいけど、そろそろ口が寂しくなってきた。


「……オッケー! 良い感じに撮れたよ。これ、小陽ちゃんに送るね」

「うん、返信が来たら教えて。……もう食べて良い?」

「良いよ。ごめんね、お待たせ」


 ようやく彩織の良しを貰えたので、まずは白玉を口に放り込む。冷たくてもっちりとした柔らかい感触。寿司だけじゃなくてデザートも美味しいとは……。


「うまっ……」

「ね。ひんやりしてて美味しい。最近暑いからちょうど良いね」


 彩織が思わず声が漏れ出てしまうくらい美味しい。確か他にもあんみつの種類があったはず。クリームあんみつも美味しそうだった。また来たら注文してみよう。





「お会計、五千三百円になります」

「一万円で」

「一万円、お預かりします——」


 金額を聞いて彩織が小さく悲鳴を上げた。……確かに高校生からしたら結構な額かもしれないな。

 大人からするとお酒を飲んでない分、安く済んでいる気がしてしまう。もしもここが居酒屋で二人ともお酒を飲んでいたら……もっと金額が多かったはずだ。

 隣でアワアワしている彩織を揶揄う間もなく、お会計が終わる。後は帰るだけ、なんだけど……。


「お会計終わったよ。行こ」

「ねえ、お金——」

「良いから。帰るよ」


 会計が終わってもなかなか動きださないから、今度は私が彩織の手を引いて歩いた。


「やっぱり私、自分の分は払うよ。半分だから、二千……いくら?」

「良いって」

「でも……」


 私がどれだけ良いって言っても彩織の気持ちは収まらないだろう。こういう時は——


「社会人になったらご飯に連れてって」

「え?」

「今日は私の奢り、次は彩織の奢り。ね、これなら良いでしょ?」

「…………うん。羚ちゃんが良いなら」

「良いよ。さ、この話はこれでおしまい。それより、さっきのバレーボール大会の話の続きが聞きたいな」

「あ……! そうだ、それであの後にね——」


 お寿司を食べながら聞かせてもらっていた話の続きを促すと、彩織は嬉しそうに話し出した。

 今日のバレーボール大会が彩織にとって良い思い出になったようで私も嬉しい。


「へえ。相手は現役バレー部がたくさんいたのによく粘ったね」

「うちのクラスは元バレー部だって子がたくさんいたから。その中に未経験者の私が混じるの本当にドキドキだったよぉ」


 こうやって嬉しそうに自分の話をする彩織は年相応、ちゃんと十七歳に見える。


「でもさー、もう最後のバレーボール大会だったんだって思うと寂しくなるの。あっという間に卒業式になりそうだよ」

「歳を取ると時間が過ぎるのが早く感じるようになるんだよ。私なんて気づいたら二十二歳になってたよ。またすぐ歳を取っちゃいそう」

「いやいや、羚ちゃんはまだ若いでしょ」


 時間が過ぎるのはあっという間だ。油断しているとすぐ三十路になってしまう……って、それは流石に言いすぎか。


「……でも意外だったよ」

「なにが?」

「羚ちゃんもそういう冗談言うんだね……」


 冗談じゃないんだけどなぁ……。

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