201.
「…………げ」
「北山さん、お疲れ。
「まずくないよねー? 北山さん」
北山さんの返事よりも先に、小野寺さんがずいっと割り込んできた。突然の圧力に私も冷や汗が止まらない。
「ぜ、全然。もちろんまずいなんてことありませんよぉ、小野寺先輩」
「ね。そうだよねぇ」
「先輩って……。二人は知り合いなの?」
私だけが事態についていけてないみたいだ。一体二人はどういう関係なんだ……?
「もちろん面識があるよ。ねぇ?」
「……そうですねぇ。話せば長くなるくらいには、でしょうか」
北山さんの答えはどうにも要領を得ない。面識があるのは分かったけど、それ以上のことは何も分からない。……北山さんのこの態度からして、多くを語るつもりはないのだろう。
「ふぅん……まあ、いいけど。その話は時間がある時にゆっくり聞くよ」
「あれ、意外。聞かないんだ、今ここで」
「だって言わなさそうだもん、北山さん」
「……あは。流石藤代さん。私のこと分かってますねぇ」
図星。それ以外ありえないくらい清々しい笑みを浮かべた。
「時間ないし、次行こう。まだ第三棟と管理棟が残ってる。後で花壇も手伝ってほしいし……」
「ああ、なるほど。工場見学ですね? いいなぁ、私も付いて行こうかなぁ」
「管理者が現場離れちゃ駄目でしょ」
言ってみただけです、と北山さんは笑う。冗談ばかりでなかなか本音を言わない。まったく、困った子だ。
「分かりました、分かりました。大人しく自分のラインに戻りまーす」
「はいはい。お疲れ」
「またねー」
片手を上げて北山さんに応えながら、第二棟を後にする。
さて。次は……。
「第三棟で良い? と言っても、私も普段あまり行かない場所だから、案内出来るか分かんないけど」
「第三棟は確かに私もあんまり……。良いじゃん、珍しくて。行ってみよう」
そうと決まれば第二棟よりさらに奥、道路を挟んだ先へと向かう。一つの工場内だが第三棟だけは道路を挟んだ先、離れ小島になっている。
別のシマとでも言うべきだろうか。同じ製造課だけど別部隊と思っておいたほうが良いだろう。なかなかに変わった人たちばかりだから。
「失礼しまーす……」
恐る恐る扉を開けると第一棟や第二棟と何ら変わりない、たくさんのラインが所狭しと並んでいる。
なんだ、別にどうということはない。私たちの棟と一緒だ——
「おい! 何やってんだ、これじゃあ改善した意味がねぇだろうが! 戻してんじゃねぇぞ!」
「これ、改造したのお前か。見てみろ、これじゃ改善じゃなくて改悪だ! 出戻りが発生するような生ぬるい改善してんじゃねぇ!」
前言撤回。一緒じゃない。流石に第一棟でも第二棟でも、なんなら管理棟でもこんなに怒号が飛び交うことはない。なんだこの棟。怖い……。
「うわ、めっちゃ盛り上がってるねぇ」
「盛り上がってる? どこが?」
小野寺さんは呑気に的外れなことを言う。こんな殺伐とした現場は
「……ここの案内は後にしない? なんか揉めてるみたいだし」
「すみませーん! 見学したいんですけど、良いですかー?」
私の問いかけなど知らぬ存ぜぬ。気が付いたらあそこで言い争う二人に近付き、話しかけていた。この、コミュ力おばけめ……!
「あ? 誰だ?」
「安全品質管理チームの小野寺です。二年前から出向に出ていたんですけど、今日からこちらに出社します。どうぞよろしくお願いします!」
「ああ、そうか。そういう話があったな……。こちらこそよろしく。第三棟の見学かい?」
「そうです! 出向する前もなかなか第三棟に来る機会がなかったもので、いろいろ見て回りたいのですが……」
「どうぞどうそ。そうだ、今作ってる新しい設備とか見ていくか?」
「良いんですか? 見たいです!」
私が心配するまでもなく、その場に馴染み、仲良さそうに話している。残された私だけが入口に佇み、声をかける機会を失った。これ、どうすれば……。
「藤代さーん! 見学オッケーだって! 一緒に見て回ろう!」
「う、うん……」
「誰でも歓迎だ。好きに見て回ってくれや」
小野寺さんに呼ばれて、ようやく私も輪に加わった。さっきまで揉めていた二人は嘘のようににこにこと笑っている。
「二人とも出向明けなのか?」
「いえ、私だけです。藤代さんはずっとこの工場にいますよ」
「私もなかなか第三棟に行く機会がなくて……」
「まあ、離れ小島だしなぁ……。折角の機会だ。ゆっくり見て回るといい」
簡単に棟内のレイアウトを説明し終えると二人は去って行った。改善活動の途中らしい。まだ話し合いが続くとかなんとか。さっきみたいに怖いのはごめんだ。
「なかなか活気あふれる職場だね」
「……殺気あふれる、じゃなくて?」
「あれは殺気じゃないよ。あれくらいじゃ誰も怯まないし、死なないよ。ちゃんと一つの改善に真剣に向き合ってて良いじゃん」
「そうかもしれないけど……。ああやって大声出されるのは苦手だな。怖いし」
「確かに藤代さんは苦手そう。大声で何かに抗議するってイメージないかも。……試しに一回やってみない?」
「しないから」
冗談だ、と彼女は笑う。当たり前だ。冗談でなくては困る。
「冗談、冗談っと。そろそろ見て回ろう。さっきの設備も気になるし」
「分かった。行こう」
小野寺さんを先頭に第三棟の中を見て回る。私一人ではきっとこんなにじっくり見て回れない。彼女のコミュニケーション能力があってこそ、だ。
それが分かっているからありがたくて、妬ましい。
あんな風に気軽に誰かに話しかけられるのはすごいことだと思う。
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