193.

「精算の仕方はこんな感じ。領収書も忘れずに貰ってね」

「はい。……あ、チャイムが」

「昼休憩か。早いな」


 一通り説明を聞き終えた瞬間、お昼休憩のチャイムが鳴った。お花は午後から買いに行こうかな。


「じゃあ花壇の件よろしくね」

「はい」


 野中さんはお弁当箱を片手に多井田おいださんと事務所を出て行った。他の人たちも同じように事務所を出て行く。私も水筒とランチバッグを持って後を追った。



藤代ふじしろさん、お疲れー」


 いつもながら双葉ふたばさんが先にベンチに座っていた。相変わらず来るのが早い。同じ休憩時間のはずなんだけどなぁ。


「双葉さん、お疲れ」

「お弁当ちゃんと持ってきたんだ、偉い」

「うん。昨日の残りと朝作った卵焼きを詰めただけだけ、ど……?」


 お弁当箱を広げながら受け答えしていると、色鮮やかな双葉さんの弁当が目に入った。なんだかいつもより気合が入っている気がする。


「今日のお弁当すごくない? 朝早起きしたの?」

「ううん、寝る前にほとんど作った!」


 確か昨日は九時半くらいに帰ったよね。その後、作ったの……?


「卵焼きがグルグル……え、これ中に何を挟んで巻いてるの?」

「ハムだよ。渦巻になってて可愛いでしょ。一個あげる」


 じゃあ私も。と、お互いの卵焼きを交換した。どんな味がするんだろう。


「甘くて美味しい……!」

「こっちは塩辛くて美味しい!」


 示し合わせたかのように私たちの卵焼きは正反対の味だった。甘いのも塩辛いのも好きだから嬉しい。


「今日は藤代さんがお弁当持ってくるから、いつもより張り切っちゃった。たまに豪華なお弁当食べるのも良いね」


 いつもはお弁当を食べる双葉さんの横に座っているだけだったけど、こうして一緒に食べるのも良い。

 同じ時間を共有出来ているというか、なんというか。とにかく良い時間の過ごし方だと思う。





「そういえば。野中さんから花壇の手入れを頼まれたんだよ」

「え、どこの?」

「製造課の。せっかくスペースがあるのに何もしないのはもったいないって。何植えたら良いんだろうね」


 ふと聞いてしまったけど、双葉さんなら良いアドバイスをくれるかもしれない。高校の時に茶華道部だったから、私とは違って華道はなの知識もあるかも。

 何の花を買えば良いのか、どういう植え方をすれば見栄えが良いのか。何か知っていたら教えてほしい。


「藤代さんが好きな花を買えば良いと思うけど。色とか指定あるの?」

「何も指定ないよ。好きにしてって言われたけど、それが逆に難しいんだよ……」


 何でも良い、好きにしてが一番困る。

 学校の図工の授業と同じだ。自分でオリジナルの作品を作るのが一番難しい。何かをマネすることは出来ても、新しく生み出すのは苦手だった。


「えー、そっかぁ……。何でも良いならヒマワリとかどう? ベタだけどきれいだよ」

「ヒマワリ良いかも。育てるの大変かな?」

剪定せんていをちゃんとすれば大丈夫じゃない? なんだったら私も手伝いに行くし」


 双葉さんが手伝ってくれるのはすごくありがたい。だけどこれは製造課の問題で私が野中さんに振られた仕事だ。勝手に手伝ってもらっちゃって良いのかな……。


「手伝ってもらえるならありがたいけど、双葉さんも忙しいでしょ。とりあえず一人でやってみる。植えたり、剪定するのは野中さんたちが手伝ってくれるらしいからたぶん大丈夫」

「そう? 困った時は遠慮なく言ってよ。時間見つけて手伝うから。私、お花の手入れ好きだから苦じゃないし」


 そう言ってくれるだけで十分だ。やっぱり製造課の仕事は製造課の人間でやらないと。金曜日には小野寺おのでらさんも来るから手伝ってもらおう。


「双葉さん、花好きなの?」

「うん、好き。嫌いな人っていなくない?」

「嫌いじゃないけど……」


 嫌いではないけど、好きかと聞かれたら微妙だ。率先して花の手入れをするタイプでもないし。


「あそこの花壇にヒマワリがいっぱい咲いたらきっときれいだよー! もう夏が楽しみ!」


 そこまで期待してくれるならちょっと頑張ってみようかな。種を蒔いて、水をやれば良いだけだし、苦というほどでもない。たったそれだけできれいな花が咲くなら安いものだ。


「美化プロジェクトのテーマに入れても良いかもよ? 花壇を充実させるって」

「双葉さんが提案してよ」

「やだよ、藤代さんが言いなよ。花壇やりたいですーって」


 双葉さんは私がそういうの苦手だって知っていてわざと言っている。みんながいるところで自分から提案するとか無理だし。……提案した後に賛同されなかったら辛いじゃん。


「じゃあ提案しない。こっそりヒマワリ育てる」

「じゃあって。絶対提案してプロジェクトとして動いたほうが楽だよ? 今日は藤代さんが買い出しに行くけど、プロジェクトだったら手分けして出来るじゃん。精算の手続きも慣れた人がメンバーにいるだろうし」

「それはそうだろうけどさ……」


 そりゃあ私だって慣れないことはしたくないよ。お金の扱いなんて特に怖いし。慣れてる人がやってくれるのなら助かる。


「そっちのほうが楽そうだなぁって思ったでしょ」

「…………少し」

「なら、提案してみなよ。きっとみんな良いって言ってくれるだろうから」

「……良いって言われるかどうかは分かんないじゃん」


 プロジェクトメンバーが集まる中で提案して、シーンとしたら心が折れちゃう。二度とプロジェクトに参加できなくなっちゃうよ……。


「大丈夫。私がいるから」

「…………」

「先陣切って賛成するから。ね?」

「…………分かった」


 ただ話を聞くだけだと思っていたミーティングで発言しないといけなくなってしまった。不安だけど双葉さんもいるなら……頑張れる、かな……?

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