192.

 ラインの移行も整線も初めてだ。二人に教わりながらじゃないと出来ない。


「この配線を天井から垂らして、一旦丸くしておいて」

「はい」


 手渡されたコード類をぐるぐると巻いて、結束バンドでまとめていく。

 さっきまでゴチャゴチャしていた配線がまとまっていくのは見ていて気持ち良い。


「次、あそこ行こう」


 野中さんが指差す電源の真下に行き、整線をしていく。

 基本的にこの工場は天井から電源が吊り下げられている。

 古い設備は配線が床這いしてしまっているものもあるが、新しいラインは必ず吊り下げるように決めらている。

 もちろん理由は安全確保のため。

 未だ残っている床這いの是正は、今後解決していかないといけない私たちの課題だ。


「こういう作業、本当に慣れてますよね。二人は。昔からよくされてたんですか?」

「よく……してたかも。整線とかレイアウト変更とか。男手が必要だからなぁ。特に俺らは工業高校卒だから呼ばれやすかったな」

「確かに。俺は化学科だったからそんなに得意じゃないけど、野中さんは電子機械科でしたっけ?」

「そうそう。高校の時は、はんだ付けばっかやってたわ」


 商業高校卒には分からない単語ばかりだ。だけどなんとなく、電子機械科って頭が良さそう。


藤代ふじしろさんは商業高校卒だよね。どんな勉強してたの?」

「経理科だったので簿記、とか……?」


 昔の記憶を引っ張りだそうとしたが上手くいかない。簿記と……他にもいろいろ科目があったけど覚えてないや。電卓を毎日叩いてたことだけは覚えてる。


「簿記な! 聞いたことある!」

「野中さん、簿記分かるんですか? 俺、名前は聞いたことあるけど内容はあんまりなんですよねぇ」

「馬鹿、分かるわけねぇだろ! 俺も名前だけ知ってる」


 ですよね、と二人で笑い合っている。


「逆にはんだ付けが分からないです、私」

「あー……なんていうか……写真見たほうが早いな」


 野中さんはそう言いながらスマホではんだ付けをしている写真を見せてくれた。


「…………物凄い繊細な作業ですね」

「慣れれば全然。多井田おいだも余裕だっただろ?」

「いや、化学科なんでやらなかったですよ、はんだ付け」

「マジかよ! 全科共通かと思ってたわ」


 ……そういえば工機室にこの写真で使ってる工具があった気がする。清水さんたちもやるのかな、はんだ付け。





「だいたい終わりだな、整線」


 雑談も挟みつつ、天井分の整線が終わった。あとは掃除かな?


「じゃあモップがけして終わろうか。残りは土曜日に出る人たちが何とかする!」

「了解です」


 近くの掃除道具置き場からモップ、ほうき、ちり取りを借りて来た。端から順に掃いていく。ふと横を見ると野中さんは器用にモップ二本で掃除していた。器用だなぁ。




「ごめん、これもお願い」

「はい」


 最後に集めたごみを捨てて、ライン移行準備は完了だ。


「結構早く終わったな。助かったよ。二人ともありがとう」


 どうやら午後からは業者が来て、設備設置の準備をするようだ。顔には出ていないけど、野中さんも少し焦っていたらしい。


「じゃあ俺、戻りますね。この後、打ち合わせが入ってて」

「おう。多井田、ありがとな」


 急ぎ足で多井田さんは帰っていく。もしかして打ち合わせって次の実践のことかな。


「あの、野中さん。今日、私って……?」

「そうだ、藤代さんにやって欲しいことがあるんだった」


 詳しくは事務所で説明するから、と野中さんは歩き出す。何をするんだろう。アンケートはこの前やったし、次は……分かんないな。


「大丈夫、大丈夫。難しい仕事じゃないから。それに俺より藤代さんのほうが向いてる仕事だから安心して」


 私の心配を吹き飛ばすように野中さんはにっこりと笑った。

 野中さんよりも私のほうが向いてる? そんな仕事あるの……?

 不安というより困惑。私より野中さんのほうが圧倒的に出来ること多いのに。一体何を頼みたいんだろう。






「これなんだけど……」


 野中さんは一件のメールを見せてくれた。差出人は工場長。内容は…………。


「花壇、ですか……?」

「そう。製造課の花壇が放置されてるから手入れしてほしいって。ちょうどもうすぐ美化プロジェクトも始まるから、藤代さんに頼みたいなーって」


 メールの本文には管理棟前のように色鮮やかに花を植えること、と書かれている。そうは言っても私、植物詳しくないよ……?


「花壇の手入れしたことないです……」

「その辺は俺らも手伝うから。どっちかと言えば花選びと花壇のレイアウトを任せたいかな」

「レイアウト? どの花をどこに植えるかってことですか?」

「そう!」


 尚更不安だ。これ、センスが問われるやつじゃん……。


「……これ、私で良いんですか?」

「良い! 女の子のほうがきれいなレイアウト考えられると思う」


 そんなに力強く言われると断り辛い。何より本当に野中さん自身が花壇の手入れ苦手なことがよく伝わってくる。やるしかないか……。


「分かりました。やります。あんまり期待しないでくださいね? 私も初めてなので」

「やった! 助かる! よろしくね!」


 まさか会社で花壇の手入れをすることになるとは。思いもよらなかったけど、終業中に会社の外に出られるのは素直に楽しみだ。中々ないことだし。なんの花を買おうかな……。

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