188.

「ただいま!」

「おかえり。バイトお疲れ様」

彩織いおりちゃん、おかえりー! お邪魔してまーす」


 数分としないうちに彩織が帰ってきた。ホイル焼きも出来ているし、サラダは冷蔵庫から出すだけ。すぐにご飯が食べられる。


「ご飯出来てるから。手洗っておいで」

「はぁい」


 リュックを定位置に戻し、制服のまま洗面所へと向かう。その一連の様子を見ていた双葉ふたばさんがニヤニヤと笑いながら私に話しかけた。


「同棲じゃん!」

「だからルームシェアだって」


 何度目か分からないツッコミを軽くあしらいつつ、サラダを器に盛り付ける。買ってから一度も使われていなかったトングが大活躍だ。



「私も盛り付け手伝うー」

「じゃあ、ご飯お願い。双葉さんはこれ運んで」

「はいはーい」


 お皿を双葉さんへと手渡し、次の盛り付けへ。鮭のホイル焼きは少し大きめなお皿に乗せて、と……。


「これ、れいちゃんが作ったの……?」


 サラダとホイル焼きを見比べてから彩織は驚いたように私の顔を凝視した。


「作ったよ。双葉さんに教わりながらだけど……」

「明日からは藤代ふじしろさんが毎日お弁当作ってくれるよ、彩織ちゃん!」

「え、本当に?」

「出来る日はね? 時間がない日は無理!」


 必ず毎日とは約束できない。今日みたいに夜に準備出来ていないと無理だ。朝起きて一から作るのはちょっと……。


「たまにでも作ってくれたら嬉しい! けど、心配しなくても基本的に自分で用意するから大丈夫だよ? 羚ちゃんの分も一緒に作るし」

「え。あ、本当に?」

「そこは藤代さん、私が作るよって言わないとー!」


 双葉さんに言われてハッとした。危ない、危ない。また彩織に甘えるところだった……。自分でやらないと意味がないのに。


「じゃあ交代制にしよ。明日は私。明後日は彩織。夜ご飯は早く帰ったほうが作る。それなら良い?」

「交代制なら……うん、良いよ」


 とりあえずの落としどころはこんなところだろう。

 これから一緒に住むにあたっていろいろルールを決めないといけない。家事の分担以外にも。

 だけど、それはまた今度で良い。今決めることじゃない。時間はたくさんあるのだから、焦らずゆっくり決めれば良い。


「さ、食べよ。お腹空いた」

「えっと、私はどこに座れば?」

「こっち」


 私の右隣のクッションをポンと叩いた。いつも真向いに彩織が座るから、双葉さんはここに座ってもらうのが一番良い。


「いただきます」


 私の声を追うように二人の声が重なる。こうして三人で食卓を囲むのは初めてだけど、何故か落ち着く。隣にいるのが双葉さんだからかな。不思議な感じ。


「美味しい……! 鮭のホイル焼きって初めて食べたけど、美味しい!」

「でしょー? これ簡単なのにすごく美味しいんだから。もう味が付いてるからそのまま食べても良いんだけど、わさびマヨネーズをかけるともっと美味しいよ」


 いつの間に用意していたのか、双葉さんの手元にはわさびマヨネーズの入った小皿が置かれていた。


「わさびか……」

「なに、藤代さんは辛いの駄目な人?」

「うん、辛いのはあんまり」

「これはそんなに辛くないから食べてみてよ。マヨネーズがちょっとピリッとするだけだから」

「そう? じゃあちょっとだけ」


 スプーンでひと匙すくい、自分の鮭にかけてみる。見た目は少しだけ緑かかったマヨネーズ。味は…………意外と辛くない。美味しい。


「彩織ちゃんも使ってみ?」


 私の表情を見た双葉さんは満足そうに頷き、同じように彩織に勧める。一口食べた彩織の表情は私と同じように綻んだ。


「わさびマヨネーズも美味しいし、タルタルソースでも美味しいよ。コンソメで味付けしてるからマヨネーズと相性良いんだよ」

「双葉さん、料理上手なんですね!」

「いやいや、彩織ちゃんこそ。藤代さんから料理が得意だって聞いてるよー?」


 料理が特技である二人はすぐに打ち解け、盛り上がっている。聞いたことない調味料の名前やら料理名やら。私には分からない世界だ……。








 二人が盛り上がっている間、ずっと黙々と食べ続けた。食べ上がって食器を手に立ち上がると焦ったように双葉さんが声を上げる。


「藤代さん、ごめんって!」

「別に怒ってないよ?」

「いや、絶対怒って……っていうか、拗ねてるじゃん!」


 二人がずっと仲良く話しているものだから間にいる私は面白くなかった。とは、悔しいから言わない。怒ってないし、拗ねてないもん。


「ごめん、羚ちゃん。双葉さんとこうやってじっくり話す機会ってなかなか無いから、つい」


 彩織に謝られると良心が痛む。一人で拗ねて、嫌な態度を取って……。


「もう怒ってないし、拗ねてないから。ごめんね?」


 ポンと頭に手を乗せ、そのまま撫でる。手を櫛のようにして彩織の髪の毛をすいた。髪は引っ掛かることなく、するりするりと流れていく。


「なるほど。これは会社で惚気を聞くよりお腹いっぱいになる……」


 静かに呟く双葉さんの声を聞いて、慌てて手を離した。


「……趣味悪いよ?」

「いつもご馳走様でーす」


 ジトリと睨みつけたものの、効果はない。双葉さんは軽くあしらい、手をひらひらと振った。


「私、双葉さんと青井さんの話も聞きたいなぁ……!」


 そんなことは気にせず、彩織はキラキラとした目を双葉さんに向けた。


「良いよ、なんでも教えちゃう。どこから話そう?」

「最初から! 最初から聞きたいです!」

「分かった。一番最初から、ね」


 双葉さんは紙芝居を始めるようにゆったりとした口調で話し出す。今からちょうど三年前の出来事を。

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