160.

青椒肉絲チンジャオロースとウーロン茶。藤代さんは?」

「あんかけチャーハン。飲み物は……私もウーロン茶で」

「お飲み物はどのタイミングに致しましょうか?」

「一緒に持ってきてくれ」

「かしこまりました」


 席に座り、手早く注文を済ませる。甲斐かいさんは慣れているようで、メニューを見ることなく注文していた。


藤代ふじしろさん。この店は初めて?」

「はい。甲斐さんはよく来るんですか?」

「うん。社食も良いけど、毎日だと飽きがくる。だから週に一回はこっちに来てるんだ」


 道理で慣れていると思った。週一回はなかなかの頻度だ。最早、常連客と言っても過言ではない。


「今日はどうして誘ってくれたんですか?」

「さっき言った通りだよ。クーポンの期限が今日なんだ」

「それだけ……? 本当に……?」


 本当にそれだけだろうか。甲斐さんのことは入社したての頃からずっと知っているけど、私をご飯に誘ったのは今日が初めてだ。何か裏があるのではと、つい疑ってしまう。




「藤代さん。なんていうか……」

「なんです?」

「その……最近どう?」

「どうって……。随分と抽象的な質問ですね」

「まあ……なんだ。これからも改善チームでやっていけそう?」


 これが本題か。

 甲斐さんはポリポリと頬を書きながら私にそれを言った。


「はい。大丈夫ですよ。みんな優しいですし」

「そうか……」


 はっきりと言い切った私を見て目を細める。その目は自分の子供に向けるように優しい。


「少し心配だったんだ。改善チームに異動させても大丈夫かって」

「え。でも、あの時はそんな素振り全く……」

「心配に決まってるさ。入社してからずっと側にいた部下だからな。気にしないほうが無理だ」


 私のことをそんなに心配してたんだ……。

 改善チームへの異動を告げられたあの日、甲斐さんは何でもないように言っていたのに。


「失礼な話、最初は改善チームなんて向いていないと思ってたんだよ、俺は」

「それは……確かに私もそう思います」

「改善の技術も大事だが……何よりコミュニケーションが大事なチームだから。藤代さんがそこでやっていけるのか、ずっと心配だったんだよ」


 それは尤もな意見だ。私だって改善チームなんか向いていないと思っていたし。

 だけど……。


「私はお世辞にもコミュニケーション能力が高いとは言えません。改善の技術もまだまだです。もちろん、他にも足りないものがたくさんあります。……だけど最近は、私でも出来ることがあるのかなって思ってます。他でもない、改善チームで」


 甲斐さんを安心させたくて、つい大きな声が出てしまった。

 周りの目が気になりキョロキョロと辺りを見渡すと、私に鋭い視線を向ける人は誰もいない。……良かった。


「……変わったな、藤代さん」

「そうですか? それは……どんなふうに?」


 少し前から自分でも実感している。現場でひたすら生産していた頃の私と、改善チームに所属する今の私はまるで違う。

 それを第三者に分かるように言語化するのは難しいけれど、とにかく違う。隣に並んだら別人に思われてしまう程度には変わったつもりだ。


「明るくなった」

「明るく……?」

「昔の藤代さんならご飯に誘っても絶対来ない。今日みたいに俺の奢りだって言っても来ない。……そうだろ?」

「う……」


 図星すぎて何も言えない。ちょっと前の私なら絶対に断っていただろう。

 お腹が減っていない、休憩時間は一人で過ごしたい。言い訳がいくらでも出来てしまうから。


「それに、そもそも誘える雰囲気じゃないしな。目が……なんていうか、話しかけるなって言ってるから」

「すみません。そんなつもりじゃ……」

「分かってる分かってる。気にしてないよ」


 それを改めて言われると申し訳なくなってくる。入社してから四年間、甲斐さんはずっとどんな気持ちで私と接していたのか。想像に難しくない。


「だから……うん、明るくなった。今のほうが喋りやすくて好きだな」

「それなら良かった、です……?」

「他の奴にも話しかけてあげてよ。藤代さんと喋りたがっている奴はいっぱいいるよ」

「喋りたがってる奴? 誰のことだろう……」

「第二棟の北山さんとか」

「あー……」

「実践で一緒のチームだったんだっけ?」

「はい。たくさん喋りました」


 まさか甲斐さんから北山さんの名前を聞くことになるとは。

 それに北山さんの顔を広さにも驚きだ。隣の棟にも名前が知れ渡っているんだな……。やっぱり若くしてライン管理者になったからなのかな。


「実践、良かったね。若手チームの進め方を工場長が褒めてたよ」

「はい。ありがたいことに評価して頂いてるみたいです」

「野中がさ、藤代さん良いわぁって褒めてた」

「え、それは初耳です」

「アイツとはよく喋るから。定期的に飲みに行ったり、ゴルフ行ったり。ちょくちょく藤代さんの話題が上がる」

「え、それは恥ずかしいなぁ……。ほどほどにしてくださいよー」


 久しぶりに顔を合わせたおかげか話題は尽きない。

 店員さんが料理を運んでくるまでずっと喋りっぱなしだった。


「おまたせしました。お飲み物、お先に失礼します」

「ああ、ありがとう」

「青椒肉絲とあんかけチャーハンになります」

「来たな。さあ、食べよう。美味いぞ、ここのメシは」

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