158.
「じゃあ、またね」
「はい。今日はありがとうございました」
「また行こうね、買い物」
車の窓を開け、
まだ十七時。家に居てもやることがない。せっかく気分が良いし、少しだけ外に出ようかな。
紙袋たちを部屋に置いてからもう一度外に出る。別段行きたい場所があるわけではない。
ただ、なんとなく。気まぐれに家の近くを歩いてみることにした。
「…………」
いつもは車で通り過ぎる風景がゆっくりと流れていく。この通りってこんなにお店があったんだ。
和菓子にケーキ、喫茶店。ちょっと小道に入ると昔ながらの居酒屋もある。
意外とお店が充実してるな、ここ。ずっと同じアパートに住んでいたのに気付かなかった。
「あ……」
ちょうど開店時間になったようで、居酒屋の入口にのれんが掲げられようとしている。
お店の看板を見てみると新鮮で美味しいお刺身が売りのようだ。
刺身か……いいな。夜ご飯にしては早い時間だけど、これも何かの縁だ。ちょっと入ってみようかな。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
「あ、えっと。一人です」
「カウンター席でもよろしいでしょうか?」
「はい」
「それではお席にご案内致します。一名様、入りまーす!」
同い年くらいの若い店員さんに案内され、カウンターの一番端の席に座る。どうやら私が最初のお客さんだったらしい。店内はガランとしている。
「お冷とおしぼりになります」
「あ、ありがとうございます」
「ご注文はお決まりですか?」
「えーっと……」
慌ててメニューを開き、さっき看板で見ていた料理を探す。
「……あ、これ。刺身盛り合わせください」
「はい。盛り合わせ、お一つ」
「えっと、飲み物は……ウーロン茶で」
「ウーロン茶、お一つ」
「とりあえず以上で」
「かしこまりました。失礼します」
注文を取るとすぐに店員さんは厨房へと歩いて行った。その動きはキビキビとしていて、とても印象が良い。
手持ち無沙汰になり、パラパラとメニューを流し見る。
刺身以外にも握り寿司や巻き寿司。よく見ると揚げ物メニューも豊富だ。キスの天ぷらがすごく美味しそう。あとで注文してみようかな。
初めて入ったお店だから何もかも新鮮だ。呼び出しボタンのないお店は苦手だけど、このお店は良い。気軽に店員さんに声をかけられそうだ。
「失礼します。盛り合わせとウーロン茶になります」
「ありがとうございます」
「伝票こちらに失礼しますね。どうぞごゆっくり!」
運ばれてきた刺身は看板の謳い文句と相違なく新鮮で美味しそうだ。
醤油を垂らし、まずはマグロを一口…………美味しい。口の中でとろけるみたいだ。
続いてサーモン、エビ、ハマチ。どれも美味しい。
特にハマチ。一番好きなネタだ。家の近くのスーパーに置いていないから、かなり久しぶりに食べる。やっぱりハマチ、美味しいなぁ……!
初めて来たけどなかなか良いお店。今度誰かと来るのも良いかも。彩織は未成年だし、誘うとしたら……
ふと入口に視線を向けると、何人かの集団のお客さんが入ってきたところだった。さっき私を席に案内してくれた店員さんが対応している。どうやら奥の座敷に通すみたいだ。
あれだけ大人数のお客さんでも大丈夫なら、この前の安全実践のメンバーと来るのもありだな。確か汐見くんがお刺身好きって言っていたし、喜びそうだ。
「…………?」
そんなことを考えながら美味しい料理に舌鼓を打っていると、集団のお客さんのうちの一人が立ち止まった。
スーツの男の人。なんでこっちを見ているんだろう。お店に入ってきた時にじっと見ちゃったのがいけなかったのかな……。
気まずくなり、慌てて顔を背ける。だけど背中には男の人の視線が刺さったまま。
「おい。何してんだ。早く来いよ」
「あ、ああ。悪い。今行くよ」
「早く乾杯しようぜ」
連れの人に呼ばれ、男の人が座敷の中へと消えた。それが分かり、ホッと胸を撫で下ろす。なんだったんだ、一体。
気にしても仕方ない。何か用があるなら声をかけてくるはずだ。きっとカウンター席の奥にある厨房を見ていたんだろう。そう思っておくほうが良い。
「すみません。注文良いですか?」
「はい。ただいま!」
「キスの天ぷらと茶碗蒸しください」
「かしこまりました」
さっきから気になっていた天ぷらを注文する。家で揚げ物なんて作らないから、こうやってお店で注文するのが密かな楽しみだったりする。
「あ、あと飲み物も。えっと……ラムネで」
「ラムネ、お一つ。かしこまりました!」
きっと今日は浮かれている。だってついつい、瓶のラムネを注文してしまった。ビー玉取り出すのが好きなんだよね、昔から。
夏祭りくらいでしか見かけないのに、まさか居酒屋のメニューに載っているなんて。
今日は美容室にも行けたし、楓さんと良い買い物ができた。そして夜は外食。すごく楽しい週末だったな——
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