143.

 足立あだちさんの報告を終え、再び質疑応答タイムに入る。

 二度目だからか、さっきとは違い高校生たちの手がちらほら挙がっている。


「じゃあ、左から二番目の…………はい。お願いします」

「えっと、質問なんですけど。なんで物を床に置いたら駄目なんですか?」


 私が答えるか、足立さんが答えるか。

 ちらりと足立さんに視線を送ると、私の目を見て頷いてくれた。任せても大丈夫そうだ。


「私が回答します。物を床に直置きすると転倒リスクに繋がるから、です。床に何も置いていない場所と、ちまちまと物が置いてある場所では、転倒するリスクがかなり変わります。もちろん物を置いていないほうがリスクが低く、安全状態と言えます。……どうでしょうか、伝わりましたか?」

「はい! 分かりやすかったです!」


 足立さん、きちんと説明出来ている。偉い。高校生が理解しやすい良い説明だった。


「他には……」


 見渡したが他に手を挙げる人はいない。これで終わって良いかな……?


「……藤代ふじしろさん。次のチームに振ってくれる?」

「分かりました」


 多井田おいださんは静かに背後に近寄ると、他の人には聞こえないくらい小さな声でそう囁いた。

 これで私たちのチームの報告は終わりだ。


「では以上をもちまして、若手チームの報告を終わります。気を付け! 礼!」

「ありがとうございました!」


 頭を上げた瞬間、ずっと重かった肩が軽くなった気がした。ようやく、私たちの実践が終わったんだ……。






「それでは続きまして。中堅チームならぬオッサンチームの報告を始めます! 気を付け! 礼!」

「お願いします!」


 余韻に浸る暇もなく、野中さんたちの報告が始まる。

 オジサンたちの野太い声が現場に響き渡る。高校生たちが少し怯えている。

 ……私も目の前でああやって叫ばれたら怖いかも。


「私たち、オッサンチームは動画を使った危険予知を実施しました。危険予知というのは——」


 野中さんの流暢りゅうちょうな喋りに耳を傾けつつ、気になるのはさっきの女の子だ。

 まさかとは思うが、知り合い……? いや、でも高校生の知り合いなんて……。


「では一瀬いちのせのほうから報告してもらいます」

「はい。製造課、一瀬です。よろしくお願いします!」


 ノセさんの声が聞こえて顔を上げた。

 そうか、結局報告することになったんだ。最近ノセさんと話してないな……。彩織のバイトの件もちゃんとお礼出来てないし……。


「まずは初回、初めて動画を見て危険予知の見積もりをした結果です。ラインメンバーは平均三件、管理者メンバーは平均十件でした。この差を埋めていくために全員でディスカッションを行いましたので、たくさん危険予知出来る人と出来ない人、この違いは何かについて簡単に報告させて頂きます」


 メモを取る高校生に交じりながら、私もメモ帳を開く。危険予知はやったことがないし、良い勉強になる。

 ……というか、危険予知ってなんだろう。言葉通りの意味で良いのかな?


「たくさん危険予知出来る人の共通点としまして、視点が違うことが分かりました目の前で起きていることだけじゃなく、この先に起きるであろうことを想定する。それが出来る人は見積もり件数が多かったです」


 つまりこの先に起きる危険を予知することが大事、ということなのかな。

 足立さんが報告した物の直置きのように、今は労災が起きていなくても今後起きるかもしれない可能性。そういうことなのかな。


「ではここで実際に危険予知に使った動画を流します。どれだけ危険予知の見積もりが出来るかやってみましょう!」


 多井田さんと野中さんがどこからともなく、モニターを持ってきた。今からここに映すらしい。なんだか新しい報告スタイルだ……。


「何でも良いです。危ないと思ったことを紙に書いてみてください。 生徒さんたちも一緒にやってもらって、何件見積もれるか試してみましょう!」


 全員でメモ用紙を片手にモニターを見つめる。そこに流れるのはほんの数十秒程度の動画だ。切断工程で作業する様子が淡々と流れていく。





「…………はい、動画はここまでです。どうですか、見つけられましたか?」

「え、全然分かんない……」

「俺は一個だけ見つけた」

「もう一回見たいです!」


 高校生だけじゃない。私や足立さん、若手メンバーもいまいち件数が伸びない。今の動画で私が見つけられたのはたった二件だけだ。


「じゃあもう一回流そうかな。視点を広くして、今起きてることだけじゃなく先のことまで考えて見てみてください。じゃあ、動画流しまーす」


 視点……先のこと……これから先に起きること……。

 ノセさんが言ったことを頭の中で反芻はんすうし、食い入るようにモニターを見つめる。

 ……あ、ズボンの裾を踏みそう。転倒リスクに繋がるかも。

 急いでメモ帳に書き、動画に視線を戻す。あと残り数秒といったところか。もう一つくらい発見したいところだ。


「……あっ。後ろに人が」


 モニターに近寄って見ていた男の子が声を上げた。

 確かに切断している人の後ろを通るのは危ない。部材がぶつかったりするかもしれない。私も同じように書いておこう。

 しれっと書き足し、他の危険ポイントを探す。


「動画はこれで終わりですね。どうですか、危険予知出来ましたか?」

「二件!」

「私、四件!」

「全然見つからなかったです……」


 元気よく返事する声を聞きながら、双葉ふたばさんと危険予知件数を見せ合った。

 私も双葉さんも五件。管理者レベルには程遠い。この、全く同じ動画で十件って……。


「この危険予知は多ければ多いほど安全意識が高いと言えます。こうして日々、安全意識を高めていけば、安全行動を自然に行えるようになるかと思います。以上で危険予知についての報告を終わります」

「ただいまの報告につきまして、質問や意見がある方——」



 ……なるほど。危険予知、か。

 こういう安全実践でラインメンバーと一緒に行うのは非常に有効だ。普段自分が作業している時に気づけないことでも、動画を通して広い視野で見渡せば気づけるかもしれない。なかなか画期的な実践内容だ。

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