142.

汐見しおみくん、ありがとう。では、ただいまの報告につきまして、質問や意見等ありましたら挙手をお願いします」


 再び前に出て、場を仕切る。

 いつもならここで課長や係長が意見を述べるけど、今日は——


「せっかくなので今日は高校生のみんなに意見や質問を貰いましょうか。何でも良いですよ。感想お願いします」


 工場長の鶴の一声で高校生たちに白羽の矢が立った。友達同士で顔を見合わせ、真ん中に立っていたショートカットの女の子がおずおずと手を挙げた。


「すみません。質問良いですか……?」

「はい。どうぞ」

「さっき報告の中にあった安全状態って言葉なんですけど、具体的にどういう状態なんですか? イメージが湧かなくて……」

「僕が答えます」


 開きかけた口を閉じ、汐見くんに譲る。


「安全状態とは言葉の通り安全な状態ってことなんですけど……具体的な例を挙げるなら、保護具の着け忘れがないか、安全装置がちゃんと機能しているか、とかですね」

「ほごぐ?」

「僕たちがかぶっている帽子も保護具の一つです。この靴も作業着もそうですね。現場で作業する方なら手袋とか。この保護具と呼ばれるものを身に付けないと労災に繋がる危険性があるんですよ」


 一通り説明を終えると女の子は納得したように頷き、視線で次にいってくださいと合図した。


「他に質問がある方はいますか?」


 再度問いかけ、高校生たちの顔を見渡すと茶髪の女の子と目が合った。当てて良いのかな……?


「……どうかな。何か聞きたいこととか、分からないこととか、ある?」

「……!」


 急に話しかけられ、茶髪の女の子は慌てて俯いた。さっきまでずっと私の顔を見ていたのに。こうして急に顔を背けられるのは少しだけ傷つく。

 話しかけないほうが良かったのかな……。



「…………あの」

「はい?」

「一つだけ、質問しても良いですか?」

「どうぞ」


 茶髪の女の子は目は合わさずに、静かに話し始める。

 案外話を振ってみるものだ。打てば響くじゃないけど、求められたらきちんと意見を述べようとするからこの子は偉い。


「……安全実践にはどういう気持ちで臨んでいるんですか? 何か気を付けていることとかあったら教えてください」


 これは……少し難しい質問だ。

 みんなそれぞれの考えがあるだろうし……。

 汐見くんはさっきと違い、名乗り出ない。ということは答えが準備出来ていないんだ。だったら私が答えるしか、ない。


「みんなそれぞれだとは思うのですが、私は——」


 私が話し始めるとみんなの視線が一気に集まる。報告会なら当たり前なことだけど、いざ視線が集まると緊張で声が上擦ってしまいそうだ。


「——作業者の方が安心して安全に働けるようにと思って実践しています。現場を整えるのは私たちの仕事ですが、実際に作業される方は別なので。作業者の方が納得できるようにと心掛けています」


 私の答えを聞いて、課長たちは何度も頷いた。工場長の表情も柔らかい。だけど……。


「……ありがとうございます」

「いえ……」


 質問した本人はどこか不満そうだ。

 私の回答が気に入らなかったのか、この工場見学自体をうっとおしく思っているのかは分からない。だけど、その表情が不快だと告げている。



藤代ふじしろさん。そろそろ次に……」

「……あ、ごめん。では次に取付工程での報告を、足立あだちさんお願いします」

「はい。製造課、足立です。よろしくお願いします!」


 汐見くんに話しかけられ、正気に戻った私は急いで足立さんへ話を振った。

 ……さっきの茶髪の子に気を取られ過ぎだ。たまたま表情が暗かっただけ。きっとそうに違いない。


「取付工程にて報告しますので、移動お願いします!」


 足立さんに続き、ゾロゾロと歩き出す。背中に強い視線を感じて振り返ると、さっきの茶髪の女の子と目が合った。


「……?」


 射貫くように鋭い目つきで私を見ている。……いや、そんな抽象的なものじゃない。明らかに私を敵視する、そんな視線。

 心当たりなんかあるはずない。私たちは初対面だ。恨まれるようなことなんてしていない。



「それでは改めまして、取付工程の事例について報告させて頂きます! まずは是正前の状態の写真を見てください。このように物の直置きが類似四件発生していました。これを解決するために——」


 足立さんの報告を聞きながら、茶髪の女の子を盗み見た。他の子と同じようにメモを取りながら足立さんの話を聞いている。その顔は至って真剣だ。

 やっぱりさっきの視線と表情はたまたま、もしくは私の見間違いだったんだろうか……。


「——その類似の中の一件は私物が直置きしてありました。この件について作業者の方にヒヤリングしたところ、第一棟と第二棟を時間を区切って行き来していたため、ここ第二棟にはロッカーがありませんでした。そこで管理者である北山さんと相談して、空いているロッカーを使用してもらうようにしました——」


 ああ、いけない。足立さんの報告に集中しないと。きっと後でどうだったか感想を求めてくるだろうし、ちゃんと聞いておきたい。

 尤も、感想というよりただの誉め言葉になってしまいそうだが。



「——以上が事例報告になります」

「足立さん、ありがとう。それでは今の報告に対しまして、何か質問や意見がある方はいますか?」

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