140.

「おはようございます。今日の報告会のアジェンダですが——」


 約束の九時半になり、私たちはホワイトボード前に集合していた。今日が報告会本番だ。



「ふぅん。高校生が見学ねぇ……」

「野中さんからは十二人が見学に来るって聞いてます。九時に来場して、総務課でガイダンス。それが終わり次第、現場に来るみたいです」

大商だいしょうの三年生ですもんね……。知ってる人いるかなぁ」

「そっか、汐見しおみくんと足立あだちさんからしたら一つ下の学年か」


 なるほど。それなら知っている子が見学に来てもおかしくない。報告会の後に少し話せる時間を設けても良いかも……。


「私は部活の後輩から見学に行くって連絡貰いました!」

「そうなんだ。仲良いの?」

「はい。卒業してもしょっちゅう連絡取り合ってます!」

「今、高校三年生ってことは……うわ、私ギリギリ被ってないや」


 双葉ふたばさんが指折り数えながら声を上げた。

 今の高校三年生は双葉さんが社会人になると同時に高校生になった学年だ。当然私や北山きたやまさんはもっと歳が離れている。彩織いおりと同じように五つも離れているのだ。


「高校生が見学に来ようが何も変わらねぇ。普段通りにすれば良い。ありのままを見せれば良いさ」

「そうですね、山木やまきさんの言う通りです。気負わずに、いつも通りで大丈夫だから。二人とも、報告頑張ろうね」

「はい!」

「頑張りましょう!」

「……よし。じゃあ3Sしましょうか。各担当工程に分かれて掃除しましょう。早く終わった人は検査工程と、このホワイトボード周りをお願いします」

「次の集合はどうする?」

「報告会が十時半なので、十時二十分にはここに居てください。特に報告が当たっている人は遅れないようにお願いします」

「了解」


 四手に別れ、私は足立さんと取付工程に向かった。取付工程は二つしか作業台がないし、比較的エリアが狭い。二人もいれば十分程度で3Sが出来るはずだ。


「整理、整頓、清掃でしたよね。まずは整理からですか?」

「うん。要らないものを片付ける、もしくは捨てる。まずはそこからだね」

「要らないもの……?」


 とは言ったものの、足立さんはどこから手を付けて良いか分からずに困っている。

 私たちが実践で使った道具は片付け終わっているし、こうして悩んでしまうのは当然だ。


「すみません。ここに置いてある部品箱は毎回使うものですか?」


 だから私は作業者に話しかけ、足立さんにお手本を見せる。

 今、私たちが整頓すべき場所は作業台周りだ。つまり作業者に話を聞かないと始まらない。


「あー……毎回じゃないけど、棚に補充しに行くのが面倒でここに置いてますね」

「じゃあ正式な置き場はここじゃないんですね?」

「そうなりますねぇ。あれですか。ここに置くなってやつですか?」

「はい。そうなっちゃいますね」


 それを言えば作業者が良い顔をしないことは最初から分かっている。

 でも決められた置き場に物を置くことが決まりだ。このルールを守ってもらうために私がすべきことは……。


「この部品、使う頻度が高いんですね。それで補充に行く回数が多いと。だったら北山さんに相談して、作業台に設置してある部品入れを大きめのものに交換してもらいます。それなら補充に行く回数が減ると思うんですが、どうですか?」

「ああ、それなら……」


 作業者に了承を得て、部品箱を棚に片付ける。これでこの作業台に不要なものがなくなり、必要なものだけが残された。これが、整理。


「あともう一つ良いですか?」

「なんですか?」

「このペン立ての位置なんですけど、左側に場所を変えて良いですか? 高田さん、左利きですよね?」

「そうしてもらえるなら助かります。僕がここに来た時からずっと右側に設置されていたもので……」

「分かりました。すぐやりますね」


 きっと前任者は右利きだったのだろう。それか、右利きの人の割合のほうが高いから、右利きに合わせたか。きっとそんなところだ。

 だけど今ここで作業している人が左利きなら、それに合わせるべきだ。道具類はいつだって使いやすい場所に設置したほうが良いに決まっている。

 必要なものを使いやすい位置に置く。これが、整頓。


「足立さん、今ので分かった?」


 振り向き、足立さんに問いかけるとブンブンと首を縦に振った。さながら忠犬のようだ。


「不要なものを取り除き、必要なものを使いやすい位置に置く。これが整理整頓ですね?」

「そう。今日は時間が無いから目に付くものだけでも整理整頓しよう。清掃は……分かる?」

「清掃はきれいに掃除する、ですよね? 普通に掃き掃除で良いんでしょうか?」

「うん。それで合ってるよ。床に部品が落ちてないか確認しつつ、掃き掃除してくれれば良いよ。あそこにモップがあるから借りよう」


 私が指差したのは、北山さんの管理者机の横。モップやホウキ、ちり取りが立てかけてある。最後にあれらを使って床掃除すれば完璧だ。


「分かりました! じゃあ早速、整理から……!」

「うん、お願い。物を撤去したり、位置を変える場合は必ず作業者に相談してね」


 私はさっき言ったものをやるから。そう言ってラインを離れる。

 ペン立ての位置を早く変えたい。私もペンは左手で書くから分かる。右側に置いてあるのはかなり使い辛い。

 高田さんのためにも早く直してあげないと——

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