129.

 清水しみずさんとボルトの締め直しをしている間に休憩時間になってしまった。作業自体は終わったし、清水さんはこのまま事務所に戻るんだろうか。


「おう。飲み物買いに行くか」

「やったー! 清水さんの奢りですね!」

「ああ。藤代ふじしろさんも来るか? すぐ近くに自販機がある休憩所があるから、そこに行くが」

「藤代さんも行きましょうよ! 高いやつでも奢ってくれますよ、清水さんは」

「おい」

「いたーい!」


 調子に乗り過ぎた北山きたやまさんの頭にコツンと拳を当てた。痛くないはずだけど、北山さんは大袈裟に反応してみせる。


「ったく、お前はよ……。まあ、なんだ。気遣わなくて良いから藤代さんも来いよ」

「お邪魔じゃないなら……」


 今日の休憩場所が決まった。さっそく清水さんたちに続いて現場を後にする。なんだか最近奢られる機会が増えたな……。





「ほい。好きなの選びな」

「ありがとうございます」


 清水さんに手渡された百円玉を自販機に入れる。

 この自販機は一杯五十円で飲めるコーヒーから一杯百円もする少しお高めなコーヒーまで、各種取り揃えられている。どれにしようかな……。


「私これにしますー」


 隣では北山さんが即決していた。ボタンを押し、カップに液体が注がれる音が聞こえる。


「お前いつもそれだなぁ。甘いのばっか飲んでると太るぞ」

「ぐふっ……。い、良いんですよ。今日はライン入ってるし、実質ゼロキロカロリーなので……」

「いや、そうはならんだろ……」


 この前、山木さんに奢ってもらった時は無糖にしたし、たまには甘いのを飲もうかな。

 ピッ。

 ボタンを押すと自販機の中でカップにコーヒーが注がれる音がする。キャラメルの甘い香り。結局北山さんと同じものを頼んだ。


「藤代さんも甘いのが好きなんか?」

「甘いのも苦いのも、どっちでも。最近苦いの飲んだばっかりだったから、今日は甘いのにしようかなって。ありがとうございます、これお釣りです」

「ああ、良いよ。貰っといて」

「え、それはさすがに……」


 四十円を手渡そうとしたが拒否された。財布は既にポケットに仕舞われている。受け取る気は全く無さそうだ。


「さっき作業台の調整を手伝ってもらったしな、手間賃だよ。取っときな」

「すみません、頂きます」


 ここで私がごねても何も変わらないだろうし、素直に受け取っておくことにする。


「おう、藤代さん。ここ座れ」


 小銭をズボンのポケットに仕舞い込むと、清水さんが座席を指差す。清水さんの横、北山さんの正面の席。吸い込まれるようにしてその席に座った。


「で? 北山の話は聞いたが、藤代さんはどうなんだ?」

「え? どうって……?」


 何の話か分からずに首を傾げる。北山さんも同じような仕草をしているし、見当がついていないようだ。

 清水さんは一体なんの話を……。


「彼氏とかいるんか?」

「えっ」

「あー、また聞いちまった……。つい、な」


 そういう話題とは思わなくて、僅かに身体が硬直した。

 自分で口に出しつつも、清水さんは少しだけすまなそうな顔をする。


「あー、そういえば藤代さんのそういう話は聞いたことありませんねぇ……。どうなんです? 私も気になりますけど」

「いや、私は……」


 パクパクと口を動かしたが、言葉が出てこない。まさかこんなところでそれを聞かれるとは……。


「彼氏とか好きな人とか、いるんです?」

「えっと……」


 こうも二人に見つめられてしまうとやりにくい。なんて濁せば良いか考えていたけど、逃れることは難しそうだ。


「……付き合ってる人がいる」

「えっ! 会社の人ですか?」

「会社の人ではないよ」

「写真とか無いんですかー? 超気になる!」

「おい、その辺にしとけよ。踏み込み過ぎだ」


 身を乗り出して騒ぐ北山さんを清水さんが静かに諫めた。清水さんから振ってきた話題ではあったものの、私が困っていることはすぐに察したらしい。


「あー、なんだ。藤代さんは一人暮らしなんだろう? ちゃんとご飯食べてるか?」

「はい。ちゃんと食べてますよ」


 すぐに話題を変えてくれて、ホッと胸を撫で下ろした。このままあの話題を続けていたら、私は断り切れず彩織の写真を見せることになっていただろう。


「米食ってるか? 藤代さん、細いからな。心配になっちまうよ」

「お米は朝に食べてます。夜はあんまり」

「一食だけか? あれだ、米を買うのが大変なら俺の家の米送るからな。田んぼやってるから余るほどある」

「大丈夫です。ちゃんとお給料貰ってるので……」


 清水さん、田んぼをやってるんだ。ってことは上大沢かみおおさわの人じゃないのかな。上大沢は市街地ばかりで山も田んぼもないから。


「おう。俺の実家は小ヶ原おがわらだからよ。田んぼも畑も山も持ってる。米も野菜も何でも分けられるからな。欲しいものがあったら言ってくれ」

「小ヶ原? めっちゃ西のほうですねぇ。やっぱ農家が多いんですか?」

「多いな。農業と林業ばかりだよ。俺の実家は弟が継いでな、兄貴と俺は外で好き放題させてもらってるよ」

「兄貴……? 清水さんは三人兄弟なんですか?」


 知らなかったな。お兄さんがいるなんて。お兄さんも上大沢に出て来てるのかな——


「上大沢駅の前に商業施設があるだろ。名前なんだっけな……ルクスだっけ? あそこの中の飲食店をやってるよ」

「そうなんですか。ルクスはよく買い物に行きますよ。お兄さんのお店は何て名前なんですか?」

「ちょっと待てよ……ホームページがあったはずだ……」


 清水さんは手慣れた手つきでスマホを触る。すぐにお店のホームページを開き、私たちに見せてくれた。


「これだ。このお店の店主をやってる」

「へぇ。和食屋さん。ルクスは行ったことあるけど、ここで食べたことないなぁ。藤代さんはこのお店知ってます?」


 北山さんが話しかけてきたことに気付けないくらい、私は食い入るように清水さんのスマホを見つめた。

 だって、そこに映っていたのは——



「……宗平そうへいさん?」

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