115.
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「
「お疲れちゃん!」
定時のチャイムが鳴り、事務所を後にする。
ギリギリ写真へのコメント入力は終わった。これで明日の安全実践研究はスムーズに進むはずだ。
今日は改善チームは全員定時のようで野中さん、
「…………あ、通知」
建屋を出て少し歩いたところで通知に気付き、スマホを開いた。数件のチャットが送られてきている。もちろん相手は
『お仕事お疲れ様! 夜ご飯ってもう準備した? 筑前煮作りぎちゃったからお裾分け持って行って良い?』
トーク画面を開くとご飯の話だった。筑前煮も作れるのか、彩織は。作ったことがないから分からないけど、なんとなく難しそうなイメージだ。
『まだ何も準備してない! お裾分け、ぜひください』
素早くチャットを送り、ついでに猫が頭を下げているスタンプも送った。
既読はまだ付かない。家に帰っている間にでも見てくれるだろう。
スマホをポケットにしまい、車に乗り込んだ。今から返れば十八時にはアパートに帰れる。今日も彩織に会える……!
浮立つ心を抑えながら、私は安全運転で家路を急いだ。
「
家に着いてから数分後、彩織がやって来た。律義に呼び鈴を鳴らしてから合鍵を使って。彩織なら勝手に入ってきても大丈夫なんだけどな。
「はい。お裾分け」
「ありがとう。美味しそう」
「少し前に作ったから電子レンジでチンしてから食べてね」
受け取ったタッパーごと筑前煮を冷蔵庫に入れた。まだ夕飯には早い時間だ。もう少し後で食べよう。
「あのね、羚ちゃん。ちょっと相談というか、お願いがあるんだけど……」
「なに?」
言いにくそうに彩織は切り出した。彩織からお願いなんて珍しい。慣れないことを言っているせいか、手を結んだり開いたり。落ち着きが無かった。
「その…………学校の友達に羚ちゃんのことを話しても良い?」
なんだ、そんなことか。かなり言いにくそうにしていたから、もっと難題を持ち出されるとばかり。
「良いよ。彩織が話したい、話しても大丈夫だと思った子になら良い。私も双葉さんに言っちゃったしね」
「分かった……! ありがとう!」
ホッとしたように彩織は胸を撫で下ろした。
「学校で仲が良い子、前に一緒に喫茶店に行った子なんだけど」
「ナカノ珈琲に一緒に行った子?」
「そうそう、その子。
「大事な友達なんだね」
「うん、親友だよ。唯一、私の家の事情を知ってる子なの」
驚いた。家のことは誰にも話していないと思っていたから。
そうか……彩織にそれほど信頼出来る友達がいるんだ……。
「明日、話してみようと思ってる。偏見とかそういうの無い子だから大丈夫だとは思うけど……やっぱり緊張するね」
「緊張……するよね」
私が話した相手は双葉さんだったから何も緊張することは無かった。楓さんも同じく。
彩織が話そうとしている相手はわけが違う。私で言うなら野中さんや多井田さんに話すみたいなものだ。想像するだけで身震いする。
「どこまで話して良いの?」
「彩織に任せるよ。話したいと思ったなら全部話しても良い」
「羚ちゃんの年齢も言って良いの?」
「……任せるよ」
「分かった」
宿題があるから、と彩織は帰って行った。
明日友達と話すのは彩織だけど、私も同じように緊張する。その小陽ちゃんと面識があるわけでも、会う予定があるわけでもないのに緊張する。
明日、上手くと良いな……。
「…………目覚ましまだ鳴ってないじゃん」
いつもより少し早い時間に目が覚めた。昨夜は緊張して寝付けなかったというのに、早く起きてしまうなんて……。
二度寝しようかと思ったけど、二度と起きられなくなりそうだから止めておく。遅刻はしたくない。
ため息を一つ零し、洗面所へと向かった。
「……美味しい」
昨日彩織に分けてもらった筑前煮の残りと白米とお味噌汁。日本人らしい豪華な朝食。ここ最近で一番ちゃんとした朝ご飯を食べていると思う。
「まだ筑前煮残ってるな……」
昨日も今日も食べているのにタッパーにはまだ筑前煮が残っている。どうしようかな……。
戸棚を開け、買ったは良いけど今まで一度も使っていなかった弁当容器を引っ張り出した。
どうせお昼は双葉さんと一緒だし、持って行ってみよう。彩織の料理に興味があるって言っていたし、一口あげてみても良いかもしれない。
せっかくだからおにぎりも作るか。塩で味付けて海苔で包んだシンプルなおにぎり。お昼ご飯を会社で食べるなんていつぶりだろう。
リュックにお弁当バッグ。荷物は少し増えてしまったが車通勤だ。何の問題もない。
施錠し、階段を下りる。まだ駐車場には何台か車が残っている。時間が違うせいか、あまり見かけない車も止まっている。
いつもより早い時間、手持無沙汰に耐えられなくて家を出た。だいぶ早く会社に着いてしまいそうだ——
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