113.
「で。あの子とはどうなったの?」
「……聞かなくても分かっているんでしょう?
事務所から出ると私たちはいつも通りの口調に戻る。
「どうしてそう思うの?」
「だって
「ふぅん。彩織ちゃんにそう言われたんだ」
……いや。きっとそうじゃない。
私の部屋を訪れた時点で察するべきだったのかもしれない。楓さんは彩織だけじゃなく、私の気持ちにも気づいていたんだって。
「……相変わらず
「羚たちを見てたらすぐに分かったよ。君たち、分かりやすすぎ」
「そんなに分かりやすかったですか?」
「もう一瞬よ。見ただけですぐ分かった」
それが分かるのは楓さんみたいに聡い人だけだと思うけど……。
「私はね、楓さん。ずっと……子供の面倒を見ているつもりだったんですよ。恋愛とかそういうのじゃなくて」
彩織はまだ未成年、そして高校生。その事実があるだけで後ろめたさを感じる。
歳だって五つも離れているんだ。
「彩織ちゃんだって一人の女だよ。年齢とか立場とか。そういうの全部取っ払って考えてみなよ。好きでしょ?」
「…………好きですけど」
かっこいいことを言っているようだが、楓さんが言うだけで一気に胡散臭くなる。不思議だ……。
「ちょっと、何その顔。失礼なこと考えてるでしょ!」
「そんなことないですよ。ただ、どの口が言うんだろうって思っただけです」
「顔怖いよー。羚のその顔は本気でビビるって」
怒ってはいない。ただ何もかも楓さんの手のひらの上で転がされているようで面白くないだけだ。
私もたまには楓さんを振り回してみたい。
「ねえ、怒ってるの?」
「……」
私が何も話さず、ただ正面を見て歩いていると楓さんは不安そうな顔で覗き込んできた。
これは……チャンス……?
「そりゃ私だって悪かったし、ちゃんと反省してるよ? 付き合ってない子を家に泊めるのも止めたし」
そっか、止めたんだ。それを聞くと少しだけ安心する。いつか誰かに刺されるんじゃないかと心配していたから。
だけど私は黙ったまま。もう少しだけ様子を見ようと思う。
「ねえ、本当に怒ってるの? あの時の羚は……社会人だったじゃん。未成年だったけど。…………ねえ、なんか言ってよ」
「……」
だんだんと言葉は弱まり、ついには楓さんは不安そうにそっと私の腕を掴んだ。
「……楓さん」
「……なに?」
「私、別に怒ってないです」
「えっ。……なにこれ、ドッキリ? 仕返し? 寿命縮んだんだけど!」
わざとだったと分かると楓さんは大きく息を吐き出した。途端にいつもの楓さんに戻る。
「もう過ぎたことですし、怒ってないです。それに……楓さんが言った通りだから。私も年齢とか立場とか、そういうの全部が私たちの前に立ちはだかったとしても、彩織のことが好きだと思うので」
口にすると自然と決意は固まった。これから彩織の手を離すことはない。そんなことはありえない。
「大人になったなぁ、羚……」
「もう二十二歳なんですよ、私」
「四年前は私に流されるがままって感じだったのに。ちゃんと自分の意思で行動出来るようになって……。うう、お母さん泣いちゃう」
「楓さんから生まれた覚えはないです」
きっぱりと言い切ると楓さんは安っぽい泣き真似を止めた。そしてけろりとした顔で言い放つ。
「彩織ちゃんとはどこまでシた?」
「…………何も」
「何も? そんなはずないでしょ。土日合わせて二日間もあったんだから」
「彩織が社会人になるまでは手は出さないって決めてるんです」
「それ、生殺しじゃん……せっかく付き合ってるのに」
本当は私だって彩織にもっと触れたいし、離したくない。だけどそれでは彩織のためにならないから我慢する。キスはするけど。
「彩織と一緒にいるだけで良いんです。心が……楽になる。嫌なことがあっても忘れられるんです」
「……そっか」
私の
「羚の話も聞けたし、そろそろ仕事しますかねー」
そういえばそうだった。楓さんは今日、仕事に来ているんだ。私と喋りに来たわけじゃなく。そろそろ案内しないと。
「下見って何するんですか? どこか見たい場所があれば案内しますよ」
「んー、今日はネタ探しかなぁ。来月の更新分の前準備だよ」
「ネタって……別に面白いことなんて何もないですけど。こういうのを載せる、とか。おおよその内容は決まってるんですか?」
「一応決まってるよ。来月は現場中心の記事を載せて欲しいって工場長さんが言ってた。だから今日は製造課だけ下見に来てるの」
「そうだったんですか……」
意外だ。てっきりホームページには工場長とか課長とか、偉い人を中心に載せると思っていた。現場の写真を載せるんだ……。
「工場長さんも谷崎さんも同じことを言ってたよ。この会社は”現場主義”ですからって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます