108.
「おはようございます」
楽しかった週末は終わり、月曜日が始まる。昨日の余韻が醒めやらぬまま、今日も私は会社に出社する。
「おはよー」
「うーっす」
「
まばらに返ってくる挨拶に会釈しつつ、自分の席に着く。私の席の周りは既に埋まっている。改善チームは全員が出社済のようだ。
「藤代さん。金曜日、大丈夫だった?」
「はい。なんとか帰れました」
「良かった、良かった。
「ありがとうございます。大丈夫でしたよ」
本当は
「ああ、もうすぐ始業か。今週も一週間始まるなー……」
野中さんと話し始めて数分で始業の時間になった。事務所からぞろぞろと人が流れていく。
私たちも例に漏れず、その流れに従った。
「おはようございます。えー、今日の予定としては——」
ラジオ体操を終え、野中さんの快活な声が第一棟に響く。朝から明るく話してもらえると、それだけで気分が良い。
「ああ、そうだ。安全実践研究については多井田から頼むわ」
「はい。朝礼の後に品証と打ち合わせしてくるから、その内容を共有したいと思います。今日の昼イチって予定どうですか?」
「俺は良いっすよ」
「俺も問題なし。藤代さんは?」
「私も大丈夫です」
というか、今日はまだ野中さんから何をやるのか聞いていない。改善チームでの打ち合わせ以外の時間は何をすれば良いのだろう……。
「じゃあ今日の昼イチに
「オッケー。じゃあ今日も一日お願いします。唱和いきまーす。構えて」
右手人差し指で正面を指し、野中さんの言葉を待つ。
「安全行動ヨシ! ゼロ災でいこうヨシ!」
安全唱和を全員で行い、ようやく朝礼が終わる。
「あの、野中さん」
「ん? どうしたの、藤代さん」
「私は今日、何をすれば……?」
「先週と同じで良いよ。第二棟の改善を進めるんだよね。ちょうど安全実践研究をするラインが北山さん管轄のところだから見ておいで」
「それだけで良いんですか?」
「今日の打ち合わせで多井田が予定を決めるとは思うけど、一応明日から実践していくはずだから。事前に写真が撮れそうなら撮っちゃって良いよ」
「分かりました」
「ああ、そうだ。そろそろ始まるみたいだよ、
そうか、それがあったな……。先週、野中さんから言われてたっけ。
十代の社員の悩みや働きづらさを聞いて離職率を下げるための取り組み。何故か私が面談の担当者らしく、むしろ私のほうが不安でいっぱいだ。
「詳しいことはメールで送っとくから目を通しておいて。日時も記載されているから会議室の予約も」
「分かりました……」
「大丈夫、大丈夫! 気軽にお喋りしてくれれば良いから!」
じゃあ、と片手を上げた野中さんはそのまま会議棟へと向かって行ってしまった。
任されてしまった以上は仕方ない。出来る範囲で若い子たちの話を聞いてみよう……。
「藤代さん、これ。頼んでたデジカメが届いたよ」
「え。……あ、ありがとうございます」
席に戻ると消耗品購買担当のおばさんが声をかけてきた。先週末に野中さんが注文してくれたカメラが届いたようだ。
「おー、新品じゃん。良いなぁ」
「これ、野中さんのカメラと同じタイプですか……? 最初の設定ってどうすれば……?」
「貸してみ!」
箱から出したものの扱い方が分からない。
隣に座っていた松野さんに手渡すと圧倒言う間に初期設定を終わらせてしまった。
「ありがとうございます! カメラ、詳しいんですか?」
「高校の時、写真部だったから」
「え。松野、写真部だったの?」
向かいにいた多井田さんも会話に加わり、大袈裟に驚いてみせた。
「イメージないわ……」
「多井田さんは何部だったんすか?」
「俺? 俺はバスケ」
「え、運動苦手なのに?」
「うるせ! 若い頃は動けたんだよ!」
多井田さんと松野さんの漫才のようなやり取りはいつ聞いても面白い。笑いを堪えても口元のにやけは抑えられない。
「じゃあ藤代さんは? 何か部活やってた?」
「私ですか? 高校の時は茶華道部でしたよ」
「お淑やか……!」
多井田さんや松野さんが行っていた高校は男子校だったらしく、茶華道部は無かったらしい。
茶華道部ってだけでお淑やかって言われるのは少し不思議な気分だ。
「ちょっと俺らの出身校にはない文化だな……。な? 松野」
「そうっすねぇ……。文化が違いますね、文化が」
二人そろってしみじみと言わなくても。
だけど、まあ……分かる。
私も商業高校出身だから普通科の友達と話すたびに文化の違いを感じていた。
それで言うなら会社だって同じだ。課によって文化が違う。棟によっても文化が違う。
これから行く第二棟は第一棟とは文化が違うのだ。気を付けて行かないと。
「じゃあ、第二棟行ってきますね」
「おー、行ってらっしゃい」
多井田さんと松野さんに見送られながら、私は第二棟へと歩を進めた。
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