107.
「宿題面倒くさい……」
私の部屋に来てすぐに
「なんの宿題?」
「総合実践の予習だよー」
「うわ、懐かしい……!」
総合実践なんて単語を久々に聞いた。
名刺交換のやり方から会計処理のやり方まで幅広く学べる科目。商業高校にしかないんじゃないかと思う。
「総合実践って架空の会社同士で取引するやつだよね」
「そうそう。私は会社組だよー。会計担当やってる」
「私なにしてたかなー……」
遠い昔の記憶をなんとか引っ張り出す。
確か総合実践の時は部屋の真ん中らへんに席があって、四人くらいで並んで座っていたような……。
「……あ。銀行だ。銀行機関の役やってたよ」
「すごくない? 遥かなる高みじゃん、あの席。頭良い人しか指名されなくない?」
確かに言われてみれば私以外の三人は簿記部だった気がする。みんな頭が良くて分からないことを聞いたらすぐに教えてくれたなー……。
「そんな大袈裟な。会社組と変わんないって」
「いーや、変わるね。だってあの席に座る人は総じて成績良いもん!」
確信があるのか、彩織は強く断言した。
「じゃあ、彩織は? 勉強得意な方なの?」
「えっ……普通?」
「じゃあ私と一緒。私も普通くらいだったよ」
「本当にー?
なかなか彩織が信じてくれない。こうなったらあの話をするか……!
「そんなに頭良くなかったよ。赤点ギリギリの点数取ったことあるし」
「えっ。意外……」
「テスト返ってきたら三十点ぴったりですごく焦ったよ。三十点は赤点なのかって」
「確か三十点未満が赤点……だったっけ?」
「そうそう。だから当時は未満が三十点も含むのか必死に調べたよ」
結果的に私は赤点を取らなかった。未満は含まないから。三十点以下が赤点って言われたら大変なことになっていただろうなぁ。
「意外すぎる……」
「結局赤点ではなかったんだけど、その時の隣の席の子が二十九点でね。隣の席の子は赤点だった」
「隣の席の子……!」
この話をする時は毎回思い出す。高校二年生の時に隣に座っていたあの子を。学年が上がった時にクラスが離れて疎遠になってしまった以来、話していない。まだ地元に残っているのかすら分からない。
「私も赤点取らないように頑張るよ……」
「赤点取ると追試あるもんねぇ……」
懐かしい話もそこそこに、私は洗面所へと向かった。彩織も集中したいだろうし、私は私でやらなきゃいけない事を済ませてしまおう。
今日はまだ部屋の掃除をしていない。洋室は彩織が帰ってからするとしても、トイレとお風呂は今すぐ出来る。
早速掃除に取り掛かることにした。
トイレとお風呂の掃除を終え、ついでだからとキッチンにも手を伸ばしかけたその時、洋室にいた彩織の声が聞こえた。
「羚ちゃーん、宿題終わったぁ……」
「結構早かったね。お疲れ」
時計に目をやるとまだ十七時半を過ぎたばかり。一時間程度しかかかっていない。
「他の科目は大丈夫?」
「大丈夫! バイトの休憩時間に済ませたから」
「偉いじゃん」
頭を撫でるだけで彩織は嬉しそうに目を細めた。自分から頭を擦り寄せてきてまるで猫のよう。
「彩織ってさ……猫っぽいよね」
「猫? 私が?」
「上手く言えないけど猫っぽい」
「にゃあ?」
両手を握り、猫のポーズで可愛い鳴き声を上げた。ますます猫っぽい。
猫は好きだけど飼ったことはない。お手をするのもおかしいし、迷った私はもう一度彩織の頭を撫でた。
「んん……頭ばっかり……」
「どこ撫でて欲しいの?」
彩織は私の右手を掴み、その場所へと誘導する。
「ここ。羚ちゃんの手冷たいからヒンヤリしてて気持ち良い……」
「手が冷たいって確かによく言われるなぁ」
彩織の頬は柔らかくてマシュマロみたいだ。触っているだけで癒される。
「ん……羚ちゃん、そろそろ離して……。くすぐったくなってきた」
「もう少しだけ」
今度は左手も添えて、両手で頬を包み込んだ。柔らかい……。ずっと触っていたくなる感触だ。
「……ねえ、羚ちゃん。分かってる? チューしちゃいそうなくらい近いよ、今の私たち」
「本当だ」
私と彩織のそれが触れるまでわずか数センチといったところか。気づいたらこんなに近くにいた。
だけど私も彩織も離れない。どちらからともなく顔を寄せると吸い込まれるように唇を合わせた。
「……っは。ねえ、彩織。今から私がすること、嫌だったら嫌って言って」
「なに……?」
「大人のキスしよう?」
「大人のキス……?」
「口開けて……そう、上手。…………嫌だったら言ってね」
「んっ……」
目を閉じて彩織の口を塞いだ。何度か舌を絡ませただけなのに、頭が蕩けてしまいそうなくらい気持ち良い。
右手を頭に、左手を腰に。優しく触れただけで彩織はびくりと身体を震わせた。
「……ッ。……はぁ……はぁ……」
肩を叩かれて唇を離すと、目の前には真っ赤な顔で荒い息を繰り返す彩織が。生温かい息が顔に当たる。
頭を撫でながら彩織の息が整うのを待った。
「……大丈夫? 嫌じゃなかった?」
「嫌じゃ、ない……ちょっとびっくりしただけ……。初めてだったから、こういうキス」
「そっか。ありがとね、受け入れてくれて」
もう一度頭を撫でる。彩織のことを安心させたくて、感謝の気持ちを伝えたくて。
「私も嬉しかった。羚ちゃんからしてくれたのは初めてだから。私のこと、ちゃんと好きでいてくれて嬉しい」
「……!」
どうしようもないくらい彩織が愛らしい。ずっとこうしていたい、放したくない。
好きだ。私は自分の想像以上に彩織に惚れている。絶対に手放したくない——
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