102.

「え。待って、距離近くない……? 二人の距離感、なんか近くない……?」


 お店に入る前、仲良く並んで歩く私たちを見た双葉さんは、開口一番そう言った。


「そうかな?」

「え、だって藤代ふじしろさんって物凄くパーソナルスペース広いじゃん。こんなに誰かと近くにいるの珍しい……と思うけど……?」


 余程珍しいものを見たらしく、双葉さんは目を白黒させている。


「その話は後で話すよ。入口にずっといると邪魔になっちゃうし、入ろう」

「えっ、うん。そうだね……。ちゃんと包み隠さず全部教えてね……?」


 お店の入り口で長居するのは良くない。二人を引き連れてさっさと店内に入ってしまうことにした。

 今日は三人でナカノ珈琲に来ている。彩織に教えてもらった例のお店だ。

 最初に彩織にお店のことを教えてもらった時、全く知らないお店だと思っていた。だけど、このお店は——


「うわ、前と全然違う。すごくキレイになってる……!」

「藤代さん、来たことあるの?」

「数年前に何度かね。リニューアルオープンしてからは初めて」


 前の昭和レトロな雰囲気も好きだったけど、今のシックで大人っぽい雰囲気も良い。窓際に飾られた観葉植物も統一感があってオシャレだ。


「やっぱりお昼時は混んでるね。座れて良かった」

「ね。来るのがあとちょっと遅かったら座れなかったね」


 右隣に彩織、向かいに双葉さん。今更だけどかなり珍しい組み合わせだ。

 彩織はさっきから私と双葉さんの様子を窺っている。そろそろちゃんと自己紹介しないと。


「彩織。この子が会社の後輩の双葉さん」

双葉ふたば 千秋ちあきです。よろしくね、彩織ちゃん」

神田かんだ 彩織いおりです。こちらこそ、よろしくお願いします……」


 差し出された双葉さんの右手をおずおずと握る。まだ緊張が解けないようで表情は硬い。


「ごめんね、無理言って付いて来ちゃって。一度、彩織ちゃんに会ってみたくて」

「それは全然、構わないですけど……。あの、なんで私と……?」


 彩織からしたら双葉さんは全く接点のない人だ。急に会いたいと言われても困るのは当然だ。


「だって藤代さんが彩織ちゃんの話をよくするんだもん。気になっちゃって」

「えっ。そうなの? れいちゃん」

「よくってほどじゃないよ? たまに、たまーにだよ?」

「いや。一緒にお昼食べる時はだいたい彩織ちゃんの話してるよ、藤代さん」

「いや、そんなことな——」

「それ本当? 羚ちゃん」

「…………うん。まあ、それなりに……話してるかも」


 彩織が花が咲いたように笑うものだから否定しづらい。

 ……なんだろう、今日はアウェイだ。


「ちゅ、注文しようよ。彩織、何食べたい?」


 話題を変えたくてメニューを手渡した。彩織は熱心にページをめくる。


「あ、オムライス美味しそう。でも、ドリアも美味しそう……あ、こっちも美味しそう……」

「そういえば口コミにドリアが美味しいって書いてあったよ」

「調べてきたの? 双葉さん」

「当たり前じゃん。私、今日かなり楽しみにしてきたんだよ? 何度お店のホームページを見たことか」

「全力だなぁ」


 確かに集合時間の十五分前に着いていたみたいだし、今日の双葉さんは気合が入っている。

 ランチが楽しみで来たのか、話をするのが楽しみで来たのかは読めないけど、今のところ楽しそうだ。


「あ、私これにする」

「はや。本当、決断早いよね双葉さん」

「人生は決断の連続なんだよ? 藤代さん」


 私も早く注文決めないと。双葉さんからもう一冊のメニュー表を受け取り、パラパラとページをめくった。

 ナポリタン、オムライス、ドリア、ハンバーグ。どれも美味しそうで悩ましい。

 そう言えば、結局オムライスは食べたことなかったなぁ。楓さんの前では見栄張っちゃってたから。それすらも気付いていそうだけど、あの人は。


「彩織、決まった?」

「このビーフシチューとオムライスで迷ってる……。どっちも美味しそう」

「じゃあビーフシチュー頼みなよ。私、オムライスにするし。一口交換しよ」

「分かった。そうする」


 それを見届けた双葉さんが呼びだしボタンを押した。相変わらず気が利く。数秒足らずで店員さんがやってきた。


「ご注文、お決まりでしょうか」

「はい。ビーフシチューとオムライスと……双葉さんは?」

「シーフードドリアで」

「ご一緒にお飲み物もいかがでしょうか」

「あー、どうしよっか……。私、アイスティー」

「私もアイスティー。彩織は?」

「私も同じで」

「アイスティー三つですね。承りました。失礼します」


 注文を終えると店員さんは足早に去って行った。

 視線を前に戻すとニヤつく双葉さんがいる。嫌な予感しかしないんだけど……。


「で。そろそろ聞かせてよ、二人の関係」

「えっと……今?」

「今、今。ご飯来る前に聞きたい」


 急かすように双葉さんは私を見つめる。


「羚ちゃん……?」

「……彩織、双葉さんに言っても良い? この人は信用出来るから」

「羚ちゃんが良いなら良いよ。そのために呼ばれたのかなって思ってたし」

「ありがとう」


 彩織の許可を得て、恐る恐る口を開いた。


「……彩織と付き合ってるよ。昨日から」

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