76.
「さっきの
「そう、だね……」
お昼休憩になり、待ち合わせ場所に向かうと既に
私を見つけるや否や、さっきの足立さんのことを尋ねる。野中さんと楽しそうに話していたように見えて、案外私たちのことを気にしていたみたいだ。
「最初ものすごく心細そうな顔してたのに、藤代さん藤代さんって」
「ね。ゴミ捨てるだけだから着いて来なくても良かったのに」
「懐いてんだよー、飼い主に」
「いやいや……。足立さん、人間だから」
双葉さんは卵焼きをつつきながら、じとっとした目で私を見つめた。
「藤代さんってさぁ…………天然タラシなの?」
「違うと思う」
双葉さんの冗談はさておき、あんなふうに私の後を付いて回るのはもうちょっと控えめでお願いしたい。
足立さんにとって話しやすい先輩が出来たのなら良いことだと思う。それに少しでも応えてあげたいが……如何せん照れ臭い。
「なんか、ずっと野中さんの手のひらの上で転がされてる気がする……」
「どういうこと?」
「さっき足立さんと私を組ませたのも……人に教える練習だからって」
双葉さんは目を見開き、お弁当をつついていた箸を止めた。
「……全然気づかなかった。じゃあ、昨日までの品質実践研究は——」
「他課の歳が近い人から刺激を受けるため?」
ずっと野中さんはそうだった。
私たちにははっきり言わないけど、私たちの成長のために場を用意してくれる。実践研究も、今日のカード作りも。……そもそも改善チームに異動になったことだって。
野中さんが声を上げなかったら今も私は裏板ラインにいたはずだ。
時間通り出勤し、定時まで出来る限り生産する。時間になれば帰るだけ。そんな単調で起伏の無い日々。
もしも。そんな代り映えのしない日々をずっと続けていたら…………私はあの日、
「……野中さんって策士だね」
「私もそう思うよ」
「品証にはそんな人いないからなー……。いいなー、野中さんが上司なの本当に羨ましい!」
本気で羨ましがる双葉さんを見ていると自分がどれだけ恵まれた環境にいるのか分かる。私の周りはすごい人だらけだ。
「……あ! てか待って。まだあの話聞いてないんだけど!」
「どの話?」
「近所の高校生が家にご飯作りに来てくれたんでしょ? その詳細まだ聞いてないよ私」
「あー……」
「そもそもなんで仲良くなったの? 社会人と高校生って例え近所だとしても絡まなくない?」
「それは……」
親に暴力を受けていたから部屋に匿った。それをありのままに伝えるわけにはいかない。
私はなんとか重要な事実を誤魔化しつつ、一つまみの真実を加え、それらしいことを言ってみることにした。
「……出かけようとして玄関を開けたら、目の前でその子が怪我してて。その時に話しかけたのがきっかけ」
「ふぅん?」
追及はしてこないが納得はしていない。そんな顔をしている。内心、聞きたいことでいっぱいだろう。
だけど私が今話したことに嘘はない。
初めて出会った時の彩織は怪我をしていたし、話しかけたのは私だ。さっきの言葉に矛盾は無い。
「それでご飯作りに来てくれるくらい仲良くなったの?」
「うん。まあ……」
私が歯切れ悪く返事をすると、ますます双葉さんの表情が曇る。訝しんでいるような視線を受けると、自分が悪いことをしているようで居心地が悪い。
「その高校生……彩織ちゃん、だったっけ? その子はどこの高校の子なの?」
「大商だよ。私たちと一緒」
「私たちの後輩か……。高校三年生って言ってたよね。ギリギリ私とかぶってないや、すれ違いだ」
「私なんて五個も歳が離れてるよ」
何の気なしに口に出して、気が付いてしまった。犯罪みたいな歳の差じゃん……。
「そんなに歳が離れてるのに仲が良いのすごいよねー。ジェネレーションギャップとかないの?」
「あんまり感じたことないかも……」
「普段どんな話をしてるの?」
「どんなって……ご飯の話とか?」
「そっか。料理上手だもんね、彩織ちゃん」
納得してくれたようでひと安心だ。ホッと安堵の息をついた。
「普段、全然料理しないからすごく勉強になってるよ」
「いいなー、私も教わりたいくらい」
なんだか、良くない流れな気が……。
「ね、紹介してよ。彩織ちゃん」
「…………え」
双葉さんの爆弾発言に驚き、右手に持っていた水筒を落としそうになった。
「それは……ほら、いきなり年上の知らない人なんて彩織が緊張しちゃうから」
「藤代さんより彩織ちゃんと歳近いよ、私」
「う……それはそうだけど……」
「ちょっと会って話してみたいだけ。料理の話とか聞きたいし」
「で、でも——」
彩織ちゃんが良いなら良いでしょ。
反論の余地がない正論に何も言い返せない。結局、双葉さんに言われるがままに彩織にチャットを送る羽目になった。
『急にごめんね。全然断ってくれて良いんだけど』
『なにー?』
ちょうど向こうもお昼休憩のようですぐに既読が付き、メッセージが返ってきた。
『会社の後輩の子が彩織を紹介してって……。会ってみたいって言ってるんだけど』
既読は付いているものの、さっきみたいにすぐに返信は来ない。
『嫌だったら嫌って断ってくれて良いから』
『その人、男の人?』
『いや、女の子。私より二個年下なんだけど、彩織に料理の話とか聞きたいって』
『羚ちゃんの後輩? なんだよね? 良いよ、会っても』
彩織が断る。そんな私の空虚な願望は打ち砕かれた。
私のスマホの画面を見ていた双葉さんはにんまり笑い、私の肩に手を置いた。
「ほらぁ、彩織ちゃん良いって言ってるよ。安心してよ、取らないから。私には若葉ちゃんいるし」
「そもそも彩織、私のものじゃないし……」
とんとん拍子に話が進む。気が付いた頃には日曜日に彩織と私、そして双葉さんでナカノ珈琲に行くことになっていた。
「彩織ちゃんと藤代さんは一緒に来るんでしょ? 現地集合で良いよね?」
「うん……」
楽しみだったはずの週末が今では恐ろしい。
双葉さんは彩織に何を話すつもりなんだろう。そして、私と彩織を見て何を思うんだろう——
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