70.

「え、いいよ。私がソファーで寝るよ」

「だめ! 無理言って泊めてもらってるのは私なんだから私がソファーで寝る!」


 どこで寝るか。それを話し合い始めて既に数十分。どちらも譲らず、私たちは今夜の寝場所を決めかねていた。

 私のベッドのサイズはシングルだ。二人で寝るには少し狭い。


「明日学校でしょ。ベッドで寝なよ」

れいちゃんだって仕事じゃん。ちゃんと寝て、疲れ取らないと」


 どちらの言い分も同じ、話し合いは平行線だ。

 無情にも時間は流れていく。時刻は二十三時過ぎ。そろそろ寝る準備をしても良い時間だ。


彩織いおり。いいからベッドで寝て」

「やだ」


 強めに言ってみたが彩織は折れない。お風呂の時とは違い、全く譲る気がないらしい。

 今日は妙に手強い。どうしようかな……。



「じゃあ一緒に寝ようよ」


 何の躊躇ちゅうちょもなく、彩織はそれを提案した。


「シングルだから絶対狭いって。たぶん二人並んでギリギリだと思うよ。それに私、寝相悪いし」


 出来ることならそれは避けたかった。せっかくお風呂で頭を冷やしたのに、同じベッドだなんて……寝れる気がしない。


「くっついて寝れば良いじゃん。寝相も気にしない。私は良いよ」

「いや、でも——」


 言い淀む私の手を引き、彩織はベッドに倒れ込んだ。強引に私を布団の中へと引き込む。



「ね。二人でも大丈夫じゃん」

「大丈夫って……」


 全然大丈夫じゃない。体の左側は彩織にぴたりとくっついているし、顔だって息がかかるほど近い。こんなの寝れるわけがない。


「無理無理。狭いって。やっぱり私、ソファーで寝るから——」

「私と寝るの……やなの?」

「嫌って言うか……」


 その顔は止めて欲しい。私は彩織の、その縋るような顔に弱い。そんな目で見つめられて、断れるわけがない。


「……はぁ。分かった」


 結局、私が折れた。布団の外に出かかっていた半身を戻し、彩織の横に寝ころぶ。せめてもの抵抗として彩織に背を向けた。


「やった! ……って、なんで羚ちゃんそっち向くの。こっち向いて寝てよぉ」


 喜んだのも束の間。彩織は私の背にぴたりとくっつき、両手を私のお腹に回した。


「お腹くすぐったいんだけど……」

「羚ちゃんがこっち向かないからだよ。こっち向いたら離すよ。だから、ね? こっち向いてよ」


 仕方なく、体の向きを変える。もぞもぞと動くと、彩織は満足そうにんまりと笑った。


「これでいい?」

「いい! これなら寝れそう」


 私とは逆で、彩織は人が近くにいるほうが寝れるらしい。


「電気消すよ」

「いいよー。……あ、待って。豆球まめきゅうは消さないで欲しい」

「分かった」


 何度かリモコンを操作し、彩織の要望に応える。真っ暗な部屋の中、ポツリと豆電球の光が浮かんでいた。



「ねぇ、彩織。もうちょっと奥に行けない?」

「もう壁ギリギリだよ。これ以上はちょっと無理……」


 目を瞑って早く寝ようとしたが上手くいかなかった。吐息が鼻にかかるのが気になって仕方ない。

 でも私もこれ以上、端に寄れそうもない。少しでも動いたらベッドから落ちてしまいそうだ。


「羚ちゃん」

「なに?」

「私から離れないでよ。もっとこっち」


 離れていた彩織の手が私の腰に添えられる。

 腰、脇腹となぞるように手が動く。脇腹に手が触れた時、くすぐったくて変な声が漏れてしまった。


「……」


 そんなことはまるで気にせず、彩織の手はゆっくりと——


「まっ、て。止めて」

「……」


 良くない。これは、良くない。

 咄嗟に彩織の手を掴んだ。それだけで彩織は私に伸ばしていた手をすんなりと引っ込める。


「……そういうの、やめて」

「なんで?」

「なんでって…………なんでも、だよ。そういうの、勘違いされるからしないほうが良い」

「……」


 彩織は黙ってしまった。豆電球が点いているとは言え、表情までは見えない。何を考えているのか、分からない。



「………………じゃあ、勘違いしてよ」

「……え、なに?」


 ぼそぼそと何か呟いたが、上手く聞き取れない。こんなに近くにいるのに私は彩織のことがなに一つ分からなかった。

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